2015年12月28日(月)

目指すは最年少上場! 現役女子高生の社長日記【1】 -対談:AMF社長 椎木里佳×田原総一朗

田原総一朗の「次代への遺言」

PRESIDENT 2015年11月2日号

村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影
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【田原】そりゃそうですね。社名や事業内容はどうしたんですか。

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AMF 椎木里佳社長の経歴

【椎木】社名は、わが家の家訓が「感謝(Appreciation)、謙虚(Modesty)、全力(Full-power)」なので、それぞれの頭文字を取って「AMF」とつけました。事業内容はそのときやりたかったことをノリで適当にあげました。たとえば映画製作とか、インテリアデザインとか。いまだにぜんぜんやってないですけど。

【田原】事務所やスタッフ、資金はどうやって準備したの。

【椎木】仕事は家で1人でやろうと考えていました。ぶっちゃけ、まわりの友達はサルみたいなコばかりだから、一緒に仕事するのは無理です。資金は15年間貯めたお金と、父にちょっと借りて、資本金45万円で始めました。最初に使ったのは行政書士さんに頼んだ費用くらいなので、それで十分でした。

【田原】無事に会社ができました。さて、何からやりましょう。

【椎木】最初にやったのはフェイスブックページの立ち上げです。田原さん、「Tokyo Otaku Mode」というフェイスブックページ知ってます? 日本のポップカルチャーを紹介するページなんですけど、海外の人にすごくウケてて、「いいね!」が300万を超えているんです。これの女子高生バージョンがあったらおもしろいなと思って、まずはつくってみました。でもぜんぜんダメでしたね。1カ月で40いいね! しかつかなくて、早々にあきらめました。

【田原】それから?

【椎木】何をしていいのかよくわからなかったので、とりあえずブログとツイッターを始めました。そしたら2ちゃんねるで炎上しちゃって。中3で社長っていうだけで、生意気に見えるじゃないですか。それに父が社長だったから、「どうせコネでやってるだけだろ」って。

【田原】やっかみですね。

【椎木】マジ腹立ちますよねー。でも、この炎上がいいきっかけになりました。それまで私のことなんて誰も知らなかったのに、炎上したことで注目されて、サイバーエージェントさんからお仕事の依頼がきたんです。

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