2016年1月21日(木)

天才か、ほら吹きか。資本主義の先を目指す男【1】 -対談:メタップス社長 佐藤航陽×田原総一朗

田原総一朗の「次代への遺言」

PRESIDENT 2015年11月16日号

村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影
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通貨はなくなる。インフラはすべてタダになる。経済を選ぶ時代がやってくる――。佐藤航陽氏率いるメタップスは2015年8月、東証マザーズに上場した。若手起業家の間で「天才」と評される佐藤氏が描く、壮大な未来図とは。

シリコンバレーだけが成功じゃない

【田原】今日ここに来る前にメタップスの資料を読んできましたが、事業内容が正直よくわからなかった。今日は僕にもわかるようにじっくり教えてください。

【佐藤】お手柔らかにお願いします。

【田原】事業の話に入る前に、起業の経緯を聞かせてください。佐藤さんはもともと法律家になりたくて早稲田の法学部に入ったそうですが、中退して起業した。どうしてですか。

メタップス社長 佐藤航陽氏 
東京都現代美術館、宮島達男「それは変化し続ける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く(1998)」の前で。

【佐藤】在学中に制度が変わったのです。昔は司法試験を受けてそのまま法律家になることができましたが、新しく法科大学院という仕組みができて、そこに進まなくてはいけなくなりました。私は大学の学費も自分で出していたので、大学院修了まで6年間勉強し続けるのは厳しい。それに、お金がないと法律家になれないことにも納得がいきませんでした。実力しだいで何にでもなれる社会のほうが正しいと思いますが、法律家はそういう職業ではなくなってしまった。それで方針転換しました。

【田原】いきなり起業したのですか。

【佐藤】最初はアパレルをやろうと考えていました。ただ、アパレルは服の仕入れや倉庫、店舗でイニシャルコストがかかる。最初に大きな資金が必要になる事業は若者には向きません。ならばお金がなくてもできる領域で勝負しようと考え直して、インターネットで起業しました。

【田原】もともとインターネット系の知識はあったの?

【佐藤】いえ、まったく。パソコンを触ったこともなかったので、とりあえず中古のデルを買ってきて、詳しい友達に教えてもらいながら事業を立ち上げました。プログラミングは3カ月でマスターしたのですが、最初は仕事がないから、「ホームページつくりませんか」と1日300件くらい営業の電話をしていました。軌道に乗るまで3年くらいかかりましたね。

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