日本では、戦後以降、土地神話に縛られた独自の価値観が、バブル崩壊まで50年弱続いたわけです。土地は必ず値上がりすると皆が信じて疑わなかったため、時には「いい場所に、更地で土地を持っていることが、最も価値が高い」という考え方もありました。

バブル時には、インカムゲインではなく、キャピタルゲインを重視して事業が成り立っていました。企業が借金をして投資をする、その金利も払えない事業が果たして事業といえるのか、常識で考えれば、おかしいでしょう? そういう危機感は以前から持っていました。

そこで私は、当時、抱えていた58件の再開発プロジェクトのうち、確実に収益が望めるプロジェクトを除いて、多くの計画をストップしました。「一度、事業を見直しましょう」と関係者に説明しましたが、「おまえを信頼して任せたのに、けしからん!」と言われ、また社内では「そんなことでは関係者の理解を得られません」と突き上げられて大変でした。でも5年経ったとき、ある関係者から「結果として君のおかげで助かったよ」と言われましたけどね。そのようなことから、当社では資産デフレに対する対策は他社よりも早かったと思います。

(06年4月17日号 当時・社長 構成=梶山寿子)

楠木 建教授が分析・解説

世の中行き詰まってくると「常識を疑え」とか「常識に縛られるな」という論調が強くなるが、私は「常識」はとても大切だと思っている。経営を含むほとんどの判断基準は、誰も思いつかないような突飛な理論に基づくものではなく、「常識」であるべきだと思うからだ。

なぜ常識であるべきか、理由は2つある。

一つは、ビジネスというのは人間が人間に対して行うごくありふれた活動であり、芸術のような特殊な創作活動とは違うということ。多くの人に開かれていなければ商売にならない。そこで有効なロジックは、多くの人が共有できる常識といえる。

もう一つの理由は、常識で判断しないと会社の中も動かないのである。

常識とは、言い換えれば共有されている論理みたいなものだから、外に向かっても内に向かっても、常識で考えて「そうか?」という姿勢で臨むことが大事だと思う。

その意味では「常識を疑え」という言い回しも決して矛盾しない。「それって本当に世の中の常識なのか。ひょっとすると職場の常識、会社の常識、業界の常識にすぎず、世の中では非常識なのではないか」というアンチテーゼになるからである。

「金利も払えない事業が果たして事業といえるのか」と岩沙氏が言っているのも、つまりは業界の常識と世の中の常識のギャップである。業界の常識で考えれば当たり前だが、それは世の中の非常識ではないのか、と。経営トップは何が本当の常識なのかをよくよく考えて、決断しなければならない。

一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)教授 楠木 建
1964年、東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2010年より現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『戦略読書日記』。