1999年に、米たばこ大手RJRナビスコの海外たばこ部門を9400億円で買収する大型案件を決断した。その際も1~2カ月ほどテンションが高い状態が続いた。昨年(06年)は英国のたばこ大手ガラハーの買収を決めた。買収総額は2兆2500億円以上と、RJR買収を上回る国内最大級の買収案件である。この案件では、最終交渉を始める頃から2~3カ月にわたり、フル回転の状態だった。

こうした長丁場の緊張状態に耐えられるのは、20代後半から30代初めにかけて“火事場”を経験させてもらったのが大きい。85年の専売公社民営化に向けたプロジェクトに4年弱関わり、丸1年ほどは休みなしだった。お陰で長期にわたり力を発揮し続ける術が身についた。

重大な意思決定は、時の利、地の利がわがほうにあると判断したときに下す。例えばギャンブルに弱い人というのは能力が低いわけではなく、時の利を信じていないのだ。だから、いつも同じ調子でがんばってしまい、裏目に出る。

経営でも時の利というものがある。自分の手だけを眺めていても時の利は見えてこない。ライバルが何をやっているのか、市場の流れはどうか、マクロ経済はどうなっているのか――。いろいろな要素を総合的にとらえたとき、時の利、地の利がわがほうにあるかどうかが見えてくる。わがほうにありと判断すれば、経営者として無理してでも勝負に出るべきだし、逆風なら我慢の時期だ。

ただし、時の利、地の利だけでは勝てない。日々の地道な努力があってこそだ。試験のヤマを張るのが得意な人でも、授業にまったく出ていなければ、勘の働かせようがないのと同じだ。時間の無駄を省くということは、単純に仕事をすぐやるかどうかではなく、今やるべきタイミングかどうか、今やることで最大の効果が得られるかどうかを見極めることなのである。

(07年4月16日号 当時・社長 構成=斉藤栄一郎)

楠木 建教授が分析・解説

決断のタイミングは難しい。木村氏は「時の利、地の利があるときに下す」という。時の利、地の利があるのはいつなのか、どういう判断基準なのかということは、個人のセンスともいえ、口で説明するのは困難である。

要するに「時機を読む」ということなのだろうが、時機を読む嗅覚は恐らく、その業種、業界の経営経験を積まなければ身につかない。才能がある子供にトレーニングを施せば数学の天才になるかもしれないが、どんなに頭がいい子に投資しても時機を読む力は身につかないのではないかと思う。

会社のプロフィットセンターや子会社を早いうちから任されて、経営を丸ごと経験する。しかも段階を踏んで経験する。決断のスキルは机上で学べるかもしれないが、時機を読むセンスは実際に経営を経験しないと磨かれない。

一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)教授 楠木 建
1964年、東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2010年より現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『戦略読書日記』。