がむしゃらに働いているのに小遣いはごくわずか。妻と子どもはそっぽを向き、老親の介護も。こんなに苦しいのに誰もわかってくれない――。ベストセラー『考えない練習』で読者から圧倒的な支持を得た名僧が、あなたの日頃の迷いに対して、考え方の筋道をわかりやすく説く。

親の介護で疲れるのは感情のトラブルではないでしょうか。親のほうには「子が親の面倒を見るのはあたりまえ」、子どものほうには「親であってもきちんと感謝してほしい」という気持ちがあり、そこから感情的なもつれが生じてきます。見方を変えれば、これは互いの支配欲の「権力闘争」といえるものです。

親は人生を通じて、子どもより上の立場に立ち、子どもを支配してきましたから、老いても子どもを自分の思い通りにしよう(しっかり面倒を見させよう)とし、子どもに向かって「上からものを言う」ところがあります。たとえば「ありがとう」と言いつつ、「もっとこうして」などと文句をつけたりする。

しかし親が老いるにつれ、親子の立場は逆転します。そこで、子どもは子どもで、かつて自分を支配していた親を、今度は自分が思い通りにしよう(きちんと感謝させよう)とします。そのために、つい親にきつい言い方をしたりして、自己嫌悪に陥ることもあるでしょう。

こうしたときには、子どもは一歩引いて、親子関係を俯瞰的に眺めることをおすすめいたします。「ああ、これは権力闘争をやっているんだな」と認識すれば、気持ちのありようが変わり、親への接し方も違ってくるものと思われます。

もう一つ。「子どもは親に無償の愛を求めるもの」だということも、知っておくといいでしょう。子どもは、親が自分を生み育ててくれたのは、純粋な愛情からだと信じたいもの。親に「面倒を見てあたりまえ」という態度をとられると、いわば「投資」として育てたのではないかと失望してしまうのです。「自分は、それほどに親から愛されたいのだな」と理解することで、気持ちが和らぎます。

親から自分にできること以上の要求をされたら、断ることも大事です。そのためには自分の事情をきちんと説明する、相手の要望をよく聞くといった、こまやかなコミュニケーションが必要になります。それをしないで、「親なんだからわかってほしい」と思うのは、甘えです。

月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介
1978年生まれ。東京大学教養学部卒。正現寺(山口県)と月読寺(神奈川県)を往復しながら、自身の修行と一般向けに瞑想指導を続けている。『考えない練習』『ブッダにならう苦しまない練習』『もう、怒らない』など著書多数。