2001年に「家計の見直し相談センター」を設立以来、3万世帯を超える家計診断を行ってきた人気ファイナンシャル・プランナーの藤川太さんは、投資未経験者が新NISAに殺到する状況に危機感を抱いている。新刊『「新NISAバブル」に気をつけろ!』は、投資は、ライフプランに必要な資金を準備するのに有効な手段である一方、元本割れするリスクもはらむ諸刃の剣であることを教えてくれる。藤川さんが「家計」の大切さに気づいたきっかけを含め、投資初心者に伝えたいことを聞いた。
あまりに無邪気としか言いようがない
長年、一般の家庭から家計の相談に乗ってきた藤川太さんは、最近気になっていることがある。
「『新NISAを活用して資産を運用したい』という相談が急増しているのですが、とりわけ投資経験がない方からの相談が多いのが、これまでにない特徴です。それも『株に投資すれば儲かるんでしょ』と思い込んでいるのです。私たちから見たら、冷や汗が出るような投資を行う方もおられます。2000年前後のITバブルの頃とよく似た空気ですね。強気というより、あまりに無邪気としか言いようがありません」(藤川さん、以下同)
株式の売却益・配当が非課税という新NISAの売り文句に、投資未経験者が目の色を変えているのだ。
「投資を学ぶ手段がYouTubeに偏っているせいか、私たちに相談に来られて、『オルカン(オールカントリー、全世界の株式市場と連動する投資信託)、S&P500(米株式市場の指標S&P500に連動する投資信託)がいいんでしょ』などとおっしゃる。本来なら株式、債券といった投資先の選別やその割合は個々でバラバラになるはずが、皆が皆、リスクの高い株式一辺倒なんです」
運用アドバイザーも手数料を得るために運用額を増やして、投資初心者に過剰なリスクを取らせてしまいがちだという。
「先日、お客様から見せてもらった運用プランの中身が、なかなかインパクトがありました。運用アドバイザーのところに行き、退職金を含めた金融資産の運用について、プランを提案してもらったそうです。その運用プランに不安を覚え、セカンドオピニオンを求めて私たちのところにたどり着いたそうですが、お客様の全金融資産が約5000万円、そのうち4000万円超を投資するプランでした。加入している種々の保険はすべて解約し、解約返戻金も投資するプランです」
そんな「新NISAバブル」に違和感を覚えているときに本書の執筆を勧められた、と藤川さん。
「ファイナンシャル・プランナーが書くと制度についての通り一遍の説明になりがちですが、今なら、誰も書いていないことを書けると思いました」
大切なのは「元本割れ」リスクを低くすること
本書では20代以上の世代ごとの新NISA活用法を手ほどきするほか、一般人の家計で1億円をつくることが可能か否かなどのシミュレーションをいくつも行っている。
「投資の基本原則は、長期投資と分散投資とされています。特に長期投資は、複利効果によって大きなリターンも期待できます。しかし、実際には10年、20年と運用し続けようとしても、結婚や出産、家の購入などのライフイベントでお金が必要となりますから、長くてもそこが終点となるのが普通です」
長期投資ではいずれ必ず経済ショックなどの大幅な株価下落と資産の目減りを経験することになる。例えば日経平均株価は、2024年だけでも複数回、1000円超の暴落を見せた。
「経済ショックに当たるかも、ではなく、必ず当たると考えたほうがいい。ただ、そこで不安や恐怖に耐えきれずにすべてを売ってしまうのは、長期投資の放棄と同じです。時間が経てばどこかで株価は戻ると考えるべき。しかし、それを頭では理解していても、感情が許さない。では、経済ショックにも慌てず、じっくり投資し続けるためにはどんなリスク管理が求められるのか。本書にはそれが記してあります」
藤川さんは、過去数十年の株式市場および投資信託のデータをもとに資産運用のシミュレーションを行うサイト(「ふくろう倶楽部」)を運営している。本書では、このサイトと同じデータとシミュレーターを使って新NISAにまつわる様々なリスクを計算し、わかりやすく目に見える形で提示しているのが特徴だ。
特に重きを置いているのが「元本割れ」リスクだ。投資一辺倒でいると意外に見過ごしがちだが、家計の上では極めて大切。元本割れリスクを「5%以下に減らす」ことを目標にした投資期間と資産ポートフォリオの設定は、一般家庭との接点が多い藤川さんらしいアドバイスだ。
家計の見直しで人生が大きく変わることを実感
そもそも、藤川さんが「家計診断」の道を切り開いてきたのは、自身の経験がきっかけだった。
1993年に大学院修了後、大手自動車メーカーで燃料電池を研究していたが、経営が傾き、燃料電池の事業も縮小。もともと学生時代から起業したいという夢を抱いていたこともあり、退職を考えたが、何をするのかは決めていなかった。
「すでに結婚していましたので、妻ともども家計を心配していたとき、たまたま手に取った雑誌『クロワッサン』の家計特集がすごく面白くて、実は自分が興味を持っているのはお金だと気づいたんです」
そのとき初めてファイナンシャル・プランナーという資格の存在を知った藤川さんは、夫人がひそかに貯めていた預金を取り崩し、仕事の傍らでFP養成の講座を受講し続けた。
「何十年にわたるライフプランを立ててシミュレーションし、家計を見直すと人生が大きく変わる――それを実感しました。これを人に伝えたり相談を受けたりする仕事は将来性があるし、生まれて日の浅い資格なので、計算の好きな自分に新しくやれることがたくさんあると思いました」
97年11月に退職し、税理士の下で数カ月間学んでからファイナンシャル・プランナーの草分け的存在である小野瑛子氏の下で修業し、98年9月に独立、現在に至っている。
目標を決めて、難しく考えすぎない
「資産運用も、家計と同様にしっかりと計画を立ててから実行し検証する。問題があれば改善していくべき」と語る藤川さん。
だが若いうちはつい、投資にドキドキ、ワクワク感を求めがちだ。
「それはリスクを取りすぎている可能性が高いですね。中には生活をギリギリまで切り詰めて大きなリスクを取る人もいますが、それでは人生のバランスを崩しかねません」と強調する。
「今一度足元を見つめ直して、自分が人生で何をしたいのか、何が欲しいのかを整理したうえで投資の方法を考えるべきです。20代、30代は手持ちの『元本』が少なくても、人生の残りの『時間』を味方につけることができます。投資期間が長いほどリスクを減らせることを意識していただきたいです。もう一つ、投資を難しく考えすぎないことが大切。本書でも、投資をシンプルに考えるためにポートフォリオを株100%、70%、50%、30%とケースごとに分けて試算しています。〇年後に〇百万円くらい欲しいという目標を決めれば、どの程度の実現確率があるのか確認できます。まずはそこからスタートすれば十分。より高度な投資手法は、経験値を積んでから考えていけばいいのです」
投資の本質は、いかに勝つか、ではなく、いかに負けないか。本書で“NISAバブル”に惑わされない投資マインドを鍛えたい。
(取材協力=藤川 太、構成=西川修一)