世界経済の行方に不透明感が漂う中、日本企業は稼ぐ力を回復し、日経平均株価は34年ぶりの最高値を更新しました。その流れを早くから予測し、日本企業、日本経済へのエールを送ってきたのが、 “伝説のコンサルタント”堀紘一さんです。あまたある企業の中から「伸びる会社」をいかに発掘したか、また、見逃してしまいがちな経済ニュースの重要ポイントはどこか。今回は、株式の持ち合い解消が進むと、企業経営や日本経済はどうなるかを読み解きます。
東証プライム企業の7割が持ち合い解消を計画
日本の上場企業は、戦後の資本自由化の中で、外資などによる企業買収を避けるためもあり、お互いに株式を持ち合うことによって経営の安定性を強化させてきました。そのため、持ち合う株式は「政策保有株」とも呼ばれています。
その一方で、株式の持ち合いによって資本効率が低下し、株式の価値を下げ、投資家が離れてしまうという負の側面も続いてきました。日本企業の投資効率が欧米企業に比べて見劣りする要因の一つとされてきたのです。
そこで今、企業が政策保有株を削減する動きが加速しています。その背景には、東京証券取引所から株価や資本効率を意識した経営を求められていることがあります。政策保有株が多い企業ほど、PBR(株価純資産倍率)やROE(自己資本利益率)が低い傾向があるからです。東京証券取引所のプライム企業約1650社のうち約7割にあたる1100社が、政策保有株の削減を計画しているといわれています。
京都銀行のこれからの株価に注目する理由
持ち合い株の解消が進むとどういうことが起きるのでしょうか。私は、京都銀行に着目しています。皆さんもご存じのように、京都には、京セラ、堀場製作所、村田製作所、オムロン、ニデック(旧日本電産)、ロームなど、強いブランド力と技術をもつ超優良企業が集まっています。
京セラは稲盛和夫さん、堀場製作所は堀場雅夫さんが戦後に創業した企業としてよく知られていますね。私は、かつて堀場雅夫さんから、不景気で就職先がない時代だったので、仕方なく京都大学在学中に自分で堀場無線研究所を立ち上げたという話をお聞きしたことがあります。これらの企業は皆、戦後の資金難の時代に創業した経緯があり、京都銀行を頼って融資を受けたり、大株主にもなってもらっています。
このような長い関係性があり、京都銀行は成長性が高い企業の株式を長期間保有してきました。しかも、今の株価と比べたら、おそらく100分の1以下の値段で当時は引き受けたのではないでしょうか。その後、3割無償交付したり、株式分割したりなどで、株式数は何十倍〜何百倍と増えているはずです。こうして、当初は50円だった株式が今では1万円や2万円になっており、その上増えた株式数を掛け合わせると、途方もない価値になっていると考えられます。
もし、膨大な数の株式を持っている京都銀行が、持ち合い解消のために売却することになれば、うなるほどの現金を得ることになります。しかも今、金融緩和策は終止符を打ち、今後は長期金利が上昇する局面です。金利差で儲けを得る銀行にとっては、プラスの材料となります。それはメガバンクにとっても同様ですが、特に京都銀行は、持ち合い株解消の観点からおもしろいのではないかと私は見ています。
京都銀行が計り知れないほどの資金を得たら、それをどうするでしょうか。一つは、特別配当を出すことが考えられます。もう一つは、自社株式を大量に買う策もあるでしょう。そうしますと、マーケットに出回る株式数が減り、株価が上がります。発行済株式数が減るので、一株当たりの価値も上がることになります。
半導体生産の一大経済圏ができれば地元銀行にもチャンスが
さらに話を広げますと、これから着目するべき銀行はどこだと思いますか?私が挙げたいのは、九州フィナンシャルグループです。九州フィナンシャルグループは、肥後銀行、鹿児島銀行などの23社で構成される総合金融グループです。なぜ九州かといえば、半導体の受託生産で世界一のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)の2つの工場が熊本県で操業するからです。
半導体生産の一大経済圏ができるわけですから、全社員に給料を支払う口座をはじめ、材料を仕入れる取引相手や関連会社との間の決済口座などが必要になります。地場であればどの地域も支店がカバーしていますから、九州フィナンシャルグループが一手に引き受けるのではないでしょうか。そうしますと、口座数が増え、貸出額や預金残高が増え、急激に成長するという予測が立てられます。
さらにもう一つ挙げるとすれば、トヨタ自動車、デンソー、NTT、ソニーグループ、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJの日本企業8社が出資した半導体製造会社Rapidus(ラピダス)の工場が北海道の千歳市に建設中です。日本の英知が集まり盛り立てていくわけですから、この地にも一大経済圏が出来上がります。それならば、地元の北洋銀行に実需が集まるのではないでしょうか。
電機業界と自動車業界ではビジネスモデルがこんなに違う
もう少し踏み込んで、持ち合い株が解消される意味合いを考えてみましょう。たとえば電機業界と自動車業界について比べてみます。
電機業界にはパナソニックやソニー、シャープといった最終商品を販売する組み立てメーカーと、そこへ部品を納めるメーカーとがあります。部品メーカーというと下請けのイメージが強いでしょうが、電機の部品メーカーにはヒロセ電機のような高収益の優良企業が珍しくありません。なぜならこうした部品メーカーは、さまざまな最終商品メーカーに部品を納入しており、両者は水平分業の関係にあるからです。
一方、よく知られるように、自動車メーカーと部品メーカーとは垂直の系列関係にあります。資本的にも親子関係が強く、子会社は親会社に部品を供給するのが当たり前です。デンソーやアイシンのような巨大部品会社であっても、基本的にはトヨタの系列です。
つまり、水平分業型の電機業界に比べると、垂直統合型の自動車業界の方が株式の持ち合い関係が強いのです。そこで、株式の持ち合いが徐々に解消されていくと、どういうことが起きるでしょうか。自動車業界でもデンソーやアイシンといった強い会社は別ですが、多くの部品メーカーは安定株主を失うことで経営に不安要素を抱えることになり、ますます系列に依存するようになるかもしれません。自動車業界では今以上の二極化が起きると私は考えます。
私がお伝えしたいことは、株式の政策保有株が解消に向かうというニュースに触れたら、自分には関係ないと思うのではなくて、それによって世の中がどう変わるのかを考えることが大事だということです。ちょっと立ち止まって考えると、ニュースの中にあなたが豊かになるようなネタが実は隠されています。他の人より少し頭を使い、他の人より少し先まで考える人が、そうではない人よりも豊かになるというのが、よくも悪くも資本主義の世界です。
(構成/今井道子)