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バブル以来の株高や大企業の賃上げが話題になる一方、インフレや円安の進行が景気の懸念材料になるといわれます。ニュースをにぎわす経済現象は身近な景気にどう結びつくのでしょうか。経済評論家の加谷珪一さんが、経済の不思議をやさしく読み解きます。第1回のテーマは、《日経平均株価「4万円超え」の不思議》です。

2年間で3分の2へ急落した「円安」の影響

日経平均株価が3月に一時4万円の大台を超えました。バブル期を上回る株価ということで、一部からは「バブルの再来ではないか」「いずれ大きく下落するのではないか」などという声も出ているようです。しかしながら、日経平均株価が大きく上昇していることには合理的理由が存在しておりバブルではありません。一方で、株価が上がったからといって手放しで喜んでいられるのかというと、そうではない面もあります。では、なぜこのタイミングで日経平均株価が上昇しているのでしょうか。

平均株価「4万円超え」を呼び込んだ2大要因

円安 円相場が2年間で3分の2に急落したため、トヨタをはじめグローバル企業の業績が円ベースで大幅にアップ。好業績が投資家に歓迎された。
構造改革 官主導のコーポレートガバナンス・コードの徹底などで、上場企業の経営の透明性が向上。これを海外投資家が評価し、海外マネーが流入した。

日経平均株価とは東京証券取引所(東証)に上場している主要225銘柄の株価を平均したものです。東証全体では4000社近くの企業が上場していますが、その中でも代表的な銘柄の平均値ということになりますから、日本市場全体の動向を反映した指標と考えてよいでしょう。

先日、その日経平均株価が一時、4万円を超える水準まで上昇しました。10年前の2014年には1万6000円台でしたから、10年間で株価は2倍以上になったわけです。特に23年に入ってからの上昇は著しく、株式市場は活況を呈しています。

このところ株価が上昇している最大の理由は、やはり「円安」と考えていいでしょう。

外国為替市場では円安が急ピッチで進んでおり、日本円は過去2年間で1ドル=100円台から150円台と、3分の2に価値が下がりました。しかしながら、為替市場で取引されているのは日本円という通貨であり、個別の日本企業の価値が下がったわけではありません。

例えばトヨタ自動車のような企業は全世界でビジネスをしており、多くがドルでの取引となっています。ドルベースで見たときのトヨタの業績や時価総額は大きく変わっていませんが、それを日本円ベースで見たときのトヨタの売上高や利益、時価総額は通貨価値が下がった分だけ増大することになります。従って円安が進めば、日本円での業績が拡大するので、株価も上昇する結果となります。

日本円の価値は2年間で3分の2に下落する一方で、企業の本質的な価値は変わっていないわけですから、単純に考えて日本企業の株価は3分の2の逆数である 1.5倍程度まで上昇してもおかしくないとの解釈が成り立ちます。では、日本の株価が上昇している理由は円安だけであり、日本企業の経営に変化がないのかと言うとそうではありません。

なぜ約30年も「売上高横ばい」という異常事態が続いたか

日本企業は約30年間、売上高がほぼ横ばいという異常事態が続いてきました。このため、多くの外国人投資家が日本企業を投資対象から外していたのですが、近年、再び日本企業に投資する動きが活発化しています。その理由は、日本企業の透明性が高まり、日本企業の業績が良くなるのではないかという期待感が諸外国で高まっているからです。

これまでの日本企業は、本来、先行投資に回すべき利益を過剰にため込んだり(内部留保)、女性や外国人の登用に消極的など、国際的な流れに反する経営を行ってきました。本来、上場企業というのは、収益性を高め、高い賃金を支払うことで有能な人材を獲得し、それを次の成長につなげる責務を負っています。しかし、日本企業は成長シナリオを十分に描くことができず、現状維持に終始。結果として日本の労働者は低い賃金を受け入れざるを得ない状況が続いてきました。

日本企業のIT投資や経営体制にも同じようなことが言えます。日本企業のIT投資は、過去30年間、横ばいとなっており、3倍以上に拡大している各国との差は拡大するばかりです。経営の透明性やコンプライアンス(法令順守)を高めるため、社外役員を入れることは諸外国では当然視されていますが、日本企業は社外役員の導入に消極的で、経営の透明化が進んでいませんでした。

その結果、日本の株式市場は長く低迷が続いていたわけですが、この状況に業を煮やしたのが政府です。

金融庁は東証と共同で、日本企業に対して経営の透明性を高め、資本効率を上げるよう強く要請しました。15年にはコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を策定し、23年からは、改革が不十分な企業については市場からの退出を求めるという強いスタンスで改革を促すようになっています。その結果、一部の日本企業は従来のスタイルを変え、国際的な流れに沿った経営を行うようになってきました。こうした変化を海外の機関投資家が敏感に感じ取り、日本市場に多くの資金が流れ込むようになったのです。

投資家の「改革への期待」に応えられるかがカギ

株価というのは経済の先行指標と言われ、将来の期待値を反映することが知られています。つまり日本企業に多くの資金が集まり、株価が上昇しているということは、多くの投資家が日本企業の変化を期待していることにほかなりません。

冒頭でも説明したように、一部の論者は今の株価は「単なるバブルだ」と批判していますが、多くの投資家が日本企業の変化を期待して投資しているわけですから、これは単なるバブルと片付けることには無理があります。しかしながら、日本企業に寄せられている期待というものが単なる期待で終わってしまい、経営改革と業績拡大のシナリオを実現できなかった場合、株価が下落に転じるということも十分に考えられます。

最も重要なのは、今の株価がバブルなのかを議論することではなく、日本企業に対して30年ぶりに寄せられた改革への期待をいかにホンモノに変えていけるのかというところでしょう。これが実現すれば、私たちの賃金も上がり、日本経済も再び成長軌道に乗ると思います。一方で、市場の期待を裏切るという結果となれば、もしかすると、もう二度と、日本市場にはグローバルな資金が集まってこないかもしれません。

日本の現在の株価はようやくバブル期を超えたレベルですが、諸外国は全く状況が異なります。例えばアメリカの株価は、同じ期間で比較すると7倍から10倍に上昇しており、1980年代の株価から大きく変化していない日本の株価は、あまりにも安すぎると見なすことも可能です。これは、30年間現状維持を続けてきたことの裏返しであり、そうであるからこそ、日本企業には大きな期待がかかっていると見なすことができるのです。