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バブル以来の株高や大企業の賃上げが話題になる一方、インフレや円安の進行が景気の懸念材料になるといわれます。ニュースをにぎわす経済現象は身近な景気にどう結びつくのでしょうか。経済評論家の加谷珪一さんが、経済の不思議をやさしく読み解きます。第6回のテーマは、《日米の経済関係》です。

米国は引き続き日本企業の「最重要顧客」

過激な政策を掲げるドナルド・トランプ氏が米大統領に返り咲いたことで、日本経済にも様々な影響が及ぶ可能性が出てきました。そもそも日米関係というのは、日本経済にどのような影響を与えるのでしょうか。

米国政治と日本経済の関わりは、多くの人が想像している以上に密接です。

戦後の日本は製造業の輸出で経済を成長させてきましたが、日本メーカーのもっとも重要な輸出先は米国でした。最近は中国への輸出も増えてアメリカと肩を並べていますが、米国が引き続き日本の最重要顧客であることに変わりはありません。

日本の輸出がGDP(国内総生産)に占める割合は、ドイツや韓国と比べると低く、過度に輸出に依存した国ではありません。しかしながら、日本の産業構造を見てみると、製造業の賃金は圧倒的に高く、国内のサービス業の賃金は低い状態が続いてきました。加えて国内に工場がたくさん存在することによって、周辺に付随したサービス業が発展するという形で内需経済が発達してきた経緯があります。やはり日本経済は現在においても、ある程度、輸出依存型になっていると考えて差し支えないでしょう。

そうなると、米国の景気が悪くなり、日本からの輸出が滞ると日本経済には悪影響が及ぶことになります。以前、日本経済の現実について「アメリカが風邪をひくと、日本は肺炎になる」と揶揄する言葉が流行しましたが、ここまで極端ではないにせよ、日本経済が米国経済に依存しているのは紛れもない事実です。

かつてないレベルで「内向き化」している米国人

米国が日本にとっての最大の輸出先の一つである以上、米国経済がどのような状況なのか、米国の政治が日本に対してどのようなスタンスで臨んでくるのかは、日本にとってもっとも重要なテーマの一つといえるでしょう。

米国は基本的に自由貿易を是とした国であり、日本企業が米国に安く製品を輸出したり、米国内で積極的にビジネスすること、あるいは日本企業が米国企業を買収することについては、快く受け入れてきました。その理由は、外国の製品やマネーを拒否するよりも、自由に競争した方が米国の消費者にとってもメリットが大きいと考えていたからです。一方、日本側はこうした考え方は持ってこなかったといってよいでしょう。

日本企業は積極的に米国に進出することで利益を上げてきましたが、日本社会は外国から安い製品が大量に入ってくることや、外国企業が日本企業を買収することに対しては強いアレルギー反応を示すことがほとんどです。米国が採用してきたような自由貿易については、どちらかというと消極的だったと見なすことができます。

米国は相手国の状況にかかわらず、自由貿易を推進する立場でしたから、日本や中国、ドイツなど米国に製品を輸出する国は、そのメリットを最大限、享受することができました。ところが、ここ10年の米国世論はこれまでとは大きく様変わりしています。

第1次トランプ政権は、中国に対して高関税をかける決断を行い、中国と米国は事実上の貿易戦争に突入しました。その後、バイデン政権に変わりましたが、バイデン氏も基本的にトランプ氏の保護主義的な通商政策を継承し、やはり輸入には一定の制限を加える方針を変えていません。その背景にあるのは、「もうこれ以上、外国企業に自分たちの生活を脅かされたくない」という米国民の強い意思があります。つまり自由を是としていた米国人もいよいよ、私たち日本人に近い価値観を持つようになってしまったわけです。

今回、トランプ氏は大統領に返り咲くわけですが、トランプ氏は一連の保護主義的な通商政策をさらに過激にし、中国からの輸入には60%、日本やドイツからの輸入には10%の関税をかける方針を示しました。トランプ氏は交渉好きといわれますから、これらの過激な通商政策は、在日米軍駐留費負担の増額など、別な要求を通すための材料であるとの見方も出ています。一方で、米国人がかつてないレベルで内向きになっているのも事実であり、簡単には世論は収まらないとの見解にも説得力があります。

トランプ氏の返り咲きが決まって以降、日本の政財界は戦々恐々としており、一刻も早くトランプ政権との友好関係を確立し、自由な貿易を復活させたいと考えています。

中長期的には、米国や中国など、大国への輸出に依存するという従来の産業構造から脱却し、日本国内の消費で成長を続けられるような環境を構築していく努力が必要だと考えます。しかしながら、こうした体質転換には時間がかかりますから、やはり米国との関係をどうするのかというのは目下、最大のテーマということになるでしょう。

もはや「トップ同士の友情」だけでは状況を変えられない

メディアの記事を見ると、石破茂首相に対して、トランプ氏と個人的な友情関係を構築し、それを軸に状況を打開してほしいという論調であふれています。厳しい言い方になりますが、日米関係をめぐる環境は以前とは大きく異なっており、仮に石破氏がトランプ氏と個人的な関係を確立したとしても、問題を簡単に解決できるような状況ではないという現実について知っておく必要があります。

先ほどから説明しているように、米国が内向きになっているのは、トランプ氏の思い付きなどでは決してなく、米国世論の変化という、大きな政治的潮流があるからです。

自由で開かれた貿易を是とする米国の価値観は実は、米国本来の姿でありません。独立宣言直後の米国はモンロー主義という考え方を前面に出し、内向きで引きこもる政策を続けていました。世界恐慌後に大統領に就任したフランクリン・ルーズベルト氏以降、米国は世界に門戸を開くスタンスに転換しましたが、もともと米国人というのは内向きを好む性格であるという現実を忘れてはならないでしょう。

仮に打開の糸口が見つかったとして、関税交渉を進めていくにしても、関税というのは細かい実務が無数に積み上がった伏魔殿のような世界です。トップ同士が握手をすれば一発で解決、というようなレベルで済むものではありません。

首相や外相など政治家はもちろんのこと、外交を担当する外務省をはじめ、経済産業省、財務省など、あらゆる官庁が総力を挙げ、神経をすり減らすような交渉を続けていかなければ、関税という大きな山を乗り越えることは不可能です。日本との自由貿易を維持することが、米国にとって大きなメリットになるということを、粘り強く説得していくしか状況を打開する方法はないでしょう。