売り上げへの影響は?
【白河】記事を読まれる経営者の方にとって一番気になるのは、営業時間を減らすことで売り上げへの影響があるのかということだと思います。実際、影響はありましたか?
【大西】やっぱりありますね、多少は。その多少をどう見るかです。百貨店は衰退産業とあちこちで言われています。ダメになった理由のひとつは、短期的なものの見方しかしてこなかったことです。日々の売り上げで見れば、瞬間的には下がります。しかし私は3年後、5年後に、結果的にプラスに戻ってくればいいと考えています。
【白河】3年後、5年後に、御社はどういうポジションにありたいのでしょうか?
【大西】百貨店そのものが、どんどん縮小していきますので、百貨店そのものの形態が変わっていくでしょう。いま、売り上げでは一番ですが、やっぱり一番大切なのは、働いている従業員にこの会社で働けてよかったと感じてもらえることです。先日も東洋経済さんから2年連続で女性の働きやすい会社として選んでいただきました。現実は上司が、育休復帰後の女性を本来復帰させるはずのポジションにつけていなかったりと、まだ追いつかないところもあるのですが。
【白河】現場の細かいところまで見ていらっしゃいますが、コミュニケーションはどうやって?
【大西】店頭で声を聞きますし。あとはLINEとか。
【白河】社員とLINEをしていらっしゃる?
【大西】全員ではありませんが、例えばアワードをとったグループ、プロジェクトのグループLINEに入れてもらったりしています。ありたい姿は、名実共に、本当に働きやすい会社になることですね。
女性中心で動く会社へ
【白河】女性が優れている面がたくさんあるとおっしゃっていましたが、働きやすくなって実力を発揮しやすくなると、選んでくる商品、つくる売場、接客、そういったものがすべて強みになっていく。そうお考えになっているということですか?
【大西】そうならないと、たぶん無理だと私は思っています。今朝も、「ニッポニスタ(NIPPONISTA)」という日本の良いものを紹介するニューヨークのプロジェクトを担当した女性8人とミーティングをしました。みな30代前半です。彼女たちに「あなたたちが40才になったときには、女性がこの会社の経営を担って、女性中心で動いていく会社になるのだから、そういうつもりでいてほしい」と話したばかりです。
【白河】そこまで女性に賭けていただいているんですね。感動しました。
【大西】男性に対して、不公平じゃないかということですが、女性が主となるバランスになっていけば、会社として一番力が発揮できるのではないかと思います。年齢軸もあります。将来的には40から45歳ぐらいの人材がトップを担うのがいいと思っています。
【白河】業界トップの三越伊勢丹でそこまでの危機感を感じていらっしゃる。それは24時間のコンビニや、アウトレットモールとか、さまざまな業態に対しての危機感でしょうか?
【大西】小売業の中でも百貨店は6兆円、全体の4%しか売り上げがないんですね。なくなってしまっても不思議ではない。百貨店全体にそういう危機感がなさすぎると感じています。生き残っていくためには、残れるだけの独自性とクオリティが必須だと思うんです。伊勢丹の場合は象徴は新宿店ですが、今が転機だと思っています。
【白河】メンズ館や食品売り場の刷新……。常に斬新なことを打ち出しているように見えるのですが、まだまだなんですね。ものを売ってはいますが、結局は人。時短も人材戦略なんですね。
【大西】本当に最後は人です。ものの独自性や、商品力はすべて人がつくっていくものです。それが企業力につながっていくのです。
インバウンドへの影響は?
【白河】もうひとつお聞きしたかったのが、インバウンド、特にアジアからの観光客への影響。私はジャカルタに住んでいたので、ある程度アジアの状況が肌感としてわかるのですが、アジアの人は安い人件費で夜中でも買い物ができる状況に慣れている。その人たちがわーっと買い物にきている。その中で時間を短くするのは英断と思います。
【大西】インバウンドに関しては去年がピークでした。東京オリンピック・パラリンピックには4000万人と政府は言いますが、去年やっと2000万人ぐらいです。銀座の外国人のお客さまが25%を超えました。新宿は10%ぐらいです。25%を超えるということは、海外の方に特化して店づくりをしないといけなくなってきますが、当社ではローカルの方にご来店いただきたいと考えています。
パリのある百貨店は、7割が外国人の方です。そうなるとフランスのローカルの人は行かないわけです。お越しいただいた中国人の方、アジアの方に、ちゃんとおもてなしをするのは当たり前なのですが。その人たちを増やそう、頼ろうという目標は持っていません。
【白河】海外の方も、今までのものでは飽き足らなくなってくるということですね。
【大西】本当に日本のいいものをほしいというお客さまに、これからはターゲットを絞っていくことが大事だと考えています。
【白河】お店が開いていればどこでも買えるというのではなくて、ここでしか買えない、この時間内に行くしかないんだ、ということをやっていくんですね。
サービス業に生産性を上げるために
【白河】政府はいま「時間外労働時間の法改正」も視野に入れた長時間労働是正、働き方改革に取り組んでいます。加藤勝信大臣が働き方改革相になりました。ドイツには「閉店法」があって、国が休みをコントロールしている。経団連も金曜日は仕事を早く切り上げて街に出ようとやっています。国がドイツのように労働時間の規制に取り組んでほしいと思われますか?
【大西】望みますね。日本のサービス産業は、欧米に比べると、非常に生産性が低いと思います。
【白河】こんなに一生懸命サービスしているのに。
【大西】そうなんです。ものすごく丁寧にやっている、おもてなし、サービス、接客が、生産性に寄与していない。
【白河】日本人は無償の頑張りが尊いというところがありますね。
【大西】その素晴らしいサービスをさらに追求していって、直接成果をあげていく方向にいくのが正しいと思うんです。
例えば、当社は初売りが遅いのでセールも遅くしました。お客さまはどこの百貨店がいつセールをしているのか混乱されますので、フランスみたいにセールはいつからいつまでかを国が決めても良いと思います。
【白河】国が! そういえば昔、セール開始にあわせてフランスに行ったことがあります。観光客も一斉に来ますね。徹底していますよね。その日から店頭にあるものが一斉に5割になる。わかっていないとお客としては泣くこともありますが。フランスに行ったとき、夕方に着いて、セールの時期でラッキーと思ったんです。でも、明日買い物しようと思っていたら、翌日は日曜日。頑として店は開かない。
【大西】それぐらいハッキリ休みや限られた期間のセールというふうにしたほうが……。というのは、いまの状態ですと、お客さまがいつ買えば良いのか、迷ってしまわれるので。
【白河】売る方もその時期に注力して、ダラダラせずにすむ。確かに生産性が上がりそうです。
【大西】政府が検討しているプレミアムフライデーが旗振り役になってほしいですね。
【白河】お話を聞いていると、売る側も買う側も「成熟した楽しみのある国になろう」とおっしゃっているような気がします。生活を楽しむ時間がなければ、どんなに素敵なインテリアを買っても、寝に帰るだけの家になってしまう。素敵な服を着たら、どこか出掛けたくなりますし。
【大西】そのためのお洋服ですからね。
【白河】よい食材を買ったら、家で丁寧に料理したくなりますし。
【大西】そういうことですよね。
【白河】全体に豊かな生活をする。長時間働けばいい時代ではないということですね。
空気は読まないほうがいい
【白河】女性社員に日々投げかけるメッセージなどがあれば教えてください。多分百貨店に入る女性は現場が好きで、マネジメントにはなりたくない人もいるのではと思います。
【大西】こうあるべきだという思いを持っているのは、女性のほうが多いんです。自分が権限を持てば、いろいろなことができやすくなります。偉くなるとか、ならないではなく、組織の中でしっかり自分の影響力が出せるポジションに早く就くということですね。
全体感としては、もう5年後、10年後は、女性がこの会社を支えて行くということは、常々言っています。自分で主体的に動かないとか、上司の顔を見るといったことは、女性はあまりしないんじゃないですか。
【白河】そうですね。逆に見なさすぎるところはあるのかもしれない。
【大西】そういうところがいいんですよ。男性はどうしても、上を見て仕事をする特性がありますから。われわれの若い頃は、組織というのは、上司に言われたことをやっていればいいという雰囲気がありました。いまはそれではいけないと思います。
【白河】イノベーションを起こすには、逆に空気を読まないぐらいがいいんでしょうね。ある社長は空気を壊す人がイノベーションを起こす人と言っています。それは男性の居心地が悪くなるからすぐにわかるんだそうです。大西さんはそれをわかっていらっしゃる。労働時間の短縮が女性を活性化させるのは、すでにさまざまな事例で証明されています。さらに進めていることはありますか?
【大西】2、3年前などはバイヤーの部署など必ず11時まで人が残業していたのですが、オフィスレイアウトを変えフリースペースにしたら、働き方も変わってきました。最近は9時半ぐらいには誰もいません。売場だけではなく、一部の部門で来年4月からスタッフには在宅勤務をテストトライアルで導入します。40代がトップを担う会社への若返りと、女性の登用をこれからも進めていきます。
【白河】先々ベンチャーのような年齢構成になるかもしれませんね。老舗がそこまで改革するのは、たいへんなことです。私は地方都市によく行きますが、人口20万人ぐらいの都市が一番危機感がなく、人口減少で消滅してしまうと言われるような自治体のほうが思い切ったことをやれるんです。
【大西】やはり危機感でしょうか。ベンチャーとの違いは何かと言えば気概です。当社の35~40歳の社員は資質的にベンチャーの社員に劣っているわけではありません。全員がベンチャーのトップぐらいの気概を持ったら、本当に強い会社になると思っています。