世界的に見ても労働時間が長い日本。なぜ、長時間労働がやめられないのか。 自社の長時間労働を削減した企業のトップたち――大和証券グループ本社 会長 鈴木茂晴氏、カルビー 会長兼CEO 松本 晃氏、LIXIL 社長 藤森義明氏、JTB 会長 田川博己氏に、徹底討論してもらった――。
 
【左から順に】JTB 会長 田川博己氏、LIXIL 社長 藤森義明氏、カルビー 会長兼CEO 松本 晃氏、大和証券グループ本社 会長 鈴木茂晴氏

日本はなぜ、長時間労働をやめられないのか

――討論へのご参加、ありがとうございます。さっそくですが、日本はなぜ、長時間労働をやめられないのでしょう?

【カルビー 会長兼CEO 松本 晃氏(以下、松本)】大きな理由は、日本が成果主義に変わらないこと。残業手当を払うと当然残業する。夜遅く帰るから朝も昼もダラダラして、夕方になったら仕事を始めるという悪いサイクルが癖になっていることが、大きな理由でしょう。

私は残業手当を払うことなんてまったく惜しくありません。しかし仮に、残業手当を一切合切払わないという制度にしたら、みんな残業なんかしなくなると思います。制度とか仕組みが悪いと、人間は残業代欲しさに働くという悪しき習慣になるんです。

【大和証券グループ本社 会長 鈴木茂晴氏(以下、鈴木)】はっきり言えば、そういう労働環境で育ったワーカホリックなDNAの人が上司にいるということですね。私の若いころは朝7時に来て夜9時とか10時、下手したら11時ぐらいまで仕事をしていました。当然体が持たないので、夏でも冬でもまず喫茶店、夜は残業に備えて小一時間は外で食事。それらを合わせると3時間ぐらいになる。まったく生産性が低い働き方だったんです。

大和証券グループ本社 会長 鈴木茂晴氏「『仕事しないヤツと帰らないヤツは両方とも不良社員だ!』そう言い続けています」

当社では、今は「19時前退社」を徹底していますが、それでも12時間は働いているんです。そこに120%、150%の力を出して働いてくれと言っている。もう、くたくたでしょう。それ以上の時間働くということは、どこかでかなり手を抜いているはずなんです。

【JTB 会長 田川博己氏(以下、田川】サービス材のビジネスは、際限なくサービスすることが働きがいになっていた。24時間365日打ち込む「匠(たくみ)の世界」です。旅行手配なども、1人ですべて滞りなく仕切って、それを自慢する社員がいたんです。でも結局、収益のABC分析をしたら、赤字になっちゃうんだな。私が役員になったときに、業種ごと、業態ごとにABC分析を3年分ぐらいやったんです。そうしたらマニアックな商品を開発したり24時間打ち込む「匠の技」の人たちは、みんな赤字だった。

【LIXIL 社長 藤森義明氏(以下、藤森)】私も文化がいけないんだと思いますね。どんなスポーツでも制限時間があって、たとえばサッカーは90分です。仕事も同じで、制限時間の中でどれだけ勝てるかという感覚で働かなくては。「仕事は8時間勝負」という文化をつくっていかないといけません。

長時間労働の文化を変える施策

――19時前退社の話がありましたが、ほかにどのような施策をしていますか?

【藤森】長時間労働の文化を変えるには、人事評価制度が重要です。LIXILでは、「パフォーマンス」と「リーダーシップ」の2つの軸を掛け合わせた「9ブロック」で評価しますが、そこでも労働時間は評価に関係ない。長い時間働いて勝っていくという価値観はありません。

もう一つはトップがいかに文化をつくり、下におろしていくかが大事です。“8時間の勝負”も、次の段階では、どの8時間で働いてもいいようにフレキシブルにしていく。9時から夜6時でもいいし、10時から夜7時でもいいんです。

【田川】ITシステムの導入と、人との調和、チームやお客さまとの調和を取ることですね。働きがいや働き方改革の中に、ちゃんとITを組み込まないといけない。これはコストではなくて、投資です。

JTB 会長 田川博己氏「生産性向上が、社員の働きがいになる。取り組みをしない経営者は現場が見えていないのだと思う」

1990年代の旅行業は、店頭の残業がひどかった。旅行というのはオーダーメードですから変更・取り消しが常態化しており、店頭の業務時間が長いんです。1人の社員がすべての手続きをするためです。そこで、熊本と札幌にセンターを作って、バックヤードの仕事を移しました。電子カルテでどこでも対応ができるようにしたことも大変有効でした。

【松本】カルビーでは在宅勤務を推奨しています。自宅では身支度をしなくても仕事ができますから、往復の通勤時間と合わせて3時間半ほど削減できます。

それと、どこの会社でも成果主義の導入が重要なのではないでしょうか。仕事とは基本的に3つしかありません。(1)やらないといけないこと(2)やったほうがいいこと(3)やらなくてもいいこと。長時間労働をする人は、この(2)と(3)に時間をかけているから生産性が上がらない。成果主義になると、優先順位を自分で考えるようになります。カルビーでは年に1度、社員全員が上司と契約を結び、それを一番効率の良いやり方で達成するようにという評価制度を導入しています。

なぜ、日本企業全体が成果主義にならないのかというと、それは政治や労働慣行の問題が大きい。終身雇用、年功序列、残業手当、定年という21世紀にふさわしくない労働慣行が残ったままです。この状況でグローバルで戦っていくのはしんどいですよ。こんなことをやっていると日本はいつまでたってもよくなりません。

長時間労働をやめると、たくさんのメリットが

――長時間労働をやめて変わったことは?

【鈴木】女性のためにやめたわけじゃないが、労働時間のコントロールは女性の活躍には必須です。我々の業界では、短期の売買による「手数料稼ぎ」のビジネスは終わりました。資産導入や新規開拓を営業評価の軸にしたら、女性の営業成績がいいんです。しかしトップにいた人が3、4年でいなくなる。辞めているんです。それではいけないと時間のコントロールをしたら、優秀な女性が働き続けて、管理職も出るようになった。夜遅くまで働いた人が上に行く会社は平等じゃありません。それは腕立て伏せをたくさんしたヤツが部長だ、という選び方ですよ。

社員が勉強するようになることもメリット。弊社は、CFPの資格保有者が業界最多となりました。育休中にとる女性もいます。結果的に人材の質が高まり仕事の質も高まり、お客さまに貢献できる。

【松本】自分の時間が増えます。その時間で知識や教養を身につけたり、家族や友人と過ごす時間を増やしたり、健康でいるために努力をしたり。そうすることで、優秀で人間として魅力的になっていくものです。一日を2度楽しめるくらいの、仕事以外の時間が絶対に必要です。

【藤森】単に8時間勝負というだけじゃなく、残りの16時間をどう過ごすかがとても大事。イチロー選手が誰よりも素振りをやっているように、8時間で成果を挙げるためには、残りの時間で自分を磨くこと。良い相乗効果が出始めています。

LIXIL 社長 藤森義明氏「仕事は8時間勝負。スポーツと同じ。120%の力で働けば業績が落ちるなんて考えられない」

【田川】JTB首都圏は約170店舗を持つ会社ですが、労働時間が減ったうえで利益が増えました。効果がはっきり見える化できたので、グループ内の他の部署へも同じような仕組みを導入しようとしています。

――社内外の抵抗勢力や、お客さまとのトラブルなどはありましたか?

【鈴木】19時前退社をやろうと言ったときは、副社長クラスまで「これは無理ですよ」という反応でした。

例えば「(夜)9時に来てくれ」とお客さまに言われたら、「それは行きなさい」と言いますよ。でも毎日呼ばれるわけじゃありません。会社の方針を説明しても、毎日来いという方がいたら、取引がなくなっても仕方ないと言いました。お客さまも当社を選ぶ権利はあるけど、当社にもお客さまを選ぶ権利はあるんだから。

結局、大きなお客さまを担当しているような優秀な営業員は、ちゃんとお客さまを納得させるので、お客さまを失うようなことはなかったんですけどね。

【田川】うちはなかなかそうはいかないですね。例えば修学旅行の担当者は、どうしても長時間労働にならざるをえない。そこで、自分たちの働き方を見直すこと、そして、どう効率よくお客さまと連携をとっていくかをいくつかの課でプロジェクト化して取り組みました。それによって、少しずつ成功事例がたまってきている。これらをグループ全体に広げていくことが大切と考えています。

「働き方革命」はなぜ必要か

――長年の慣習を変えるには、トップが発信し続けることが大切ですよね?

【鈴木】これは100年続いた働き方を変えようという、証券業界における働き方の革命なのでね。気を抜くと、ちょっとずつ時間が延びちゃうんです。私なんかは本当にしょっちゅう言っていますよ。仕事を全然しないヤツも、帰れと言ってもきかないヤツも、両方とも不良社員だと。けれど、残業をしている人を見て、役員クラス、支店長クラスは「あいつ頑張っているな」と思えてしまうんですね。まだ心のどこかに悪しきDNAがある。ずっと言い続けないといけません。

【松本】カルビーでは分権しているので、トップがすべてを決めるということはない。チャンスを与え、失敗してもいいからどんどん自分で勝手にやってくれと言っています。一方で会長になってから口を酸っぱくして言い続けているのは、「会議はできるだけやるな、資料をつくるな。時間ではなく成果を求めている」などの私の基本的なものの考え方です。

カルビー 会長兼CEO 松本 晃氏「長時間労働は人をダメにし、組織をダメにし、国をダメにする。それが日本の失われた25年です」

【藤森】私の掛け声のもと、毎月「ワークアウト」という活動をしています。最小単位のチームで、1時間集まって、すぐにやめるべき無駄な業務を3つ挙げましょう、という活動です。スポンサーと呼ばれる意思決定者は、テーマや趣旨をメンバーに説明し、一度退席します。意見交換が終わり、結論が出たタイミングでスポンサーが戻ってきてその場でイエスかノーかをジャッジします。それを全セクションでやる。その結果はすべて私のところに届くようになっています。

【田川】意識しないと残業は増える。データの収集分析をしないといけません。うちでは、多様性の活用指標(ダイバーシティINDEX)をつくって、社員へのアンケートと併せて推進状況を見える化しています。

――なぜ働き方改革が必要なのですか?

【鈴木】いい仕事をするためです。メーカーさんと違って、証券会社は、他社と似たような商品を売っているわけですよ。カルビーの「かっぱえびせん」みたいなキラー商品がなくて、新しい投資信託だってすぐにまねされてしまう。

どこで買っても同じものを、わざわざ当社で買っていただくには、いかに優秀なセールスを雇うかがすべてなんです。

「やっぱり大和は違うね」と言ってもらえるように、ロイヤリティー高く働いてもらう。それが重要だと思うんです。

もう一つ、日本の企業だから、やみくもに人を切ることはできません。だから全員に生産性高くしっかり働いてもらえるように、働き方を変えないといけない。

【田川】うちでは、人材を「人財」と呼んでいます。経営者として社員に投資していますが、社員も我々に時間を投資する。双方向の財の質を高めていかないといけない。改革を進めて質を高めることは、働きがいにつながるんです。

【松本】長時間労働の最大の罪は、やらなくてもいいことばかりやっているから、本人が成長しないまま年をとるということ。そういう人が増えると組織がダメになる。結果として国がダメになっていく。悪しき労働慣行というのは、人をダメにして組織をダメにして国をダメにしているんです。これがここ25年間の日本。だから、どんどん世界の競争で負けていっているわけです。

時代は確実に変わった

――取引先や、ほかの経営トップの考え方も変わってきているのでしょうか?

【藤森】我々が変わっていけば取引先も変わってくるんじゃないかと思います。取引先だって同じ人間が働いているので、彼らも心の中では、時間は有効に使いたいと思っている人が多いでしょう。

【松本】大部分が、あの成功体験から逃れられない。高度経済成長時代は、長時間働いていれば企業は何とかなりました。毎日毎日同じものを作っていたら、1時間で1個できるものが、2時間なら2個、24時間なら24個できる。そういう時代から、今はまったく変わってしまったのに、案外気がついていない人が多いんじゃないですか?

【鈴木】他社からも「うちも社員を早く帰していますよ」って声を聞きます。でも、今日早く帰れるのか、明日早いのか、わからないのでは何の意味もない。人と約束できないし、何かしようと思っても計画が立たない。だから必ず何時に終わると決めておかないとダメなんですよ。たまに「早く帰らせてますよ」なんていうのはインチキだと思いますね。本当に時代は完璧に変わって、若い人もお年寄りも男性も女性も、会社をサスティナブルでやっていくなら、働き方もサスティナブルでないとね。

大和証券グループ本社 会長 鈴木茂晴
1947年、京都府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、大和証券に入社。97年取締役、98年常務などを経て、99年大和証券グループ本社常務兼執行役員。2004年執行役社長。11年から取締役会長を務める。趣味のゴルフでは昨年、67歳でシングルを獲得。
カルビー 会長兼CEO 松本 晃
1947年、京都府生まれ。72年京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、伊藤忠商事入社。93年ジョンソン・エンド・ジョンソンメディカル(現・ジョンソン・エンド・ジョンソン)へ。同社の社長、最高顧問を歴任。2009年から現職。毎朝フルグラを食べてから出勤。朝型派。
LIXIL 社長 藤森義明
1951年、東京都生まれ。東京大学工学部卒。75年、日商岩井(現・双日)入社。81年、米カーネギーメロン大学でMBA取得。86年、日本GEに転じ、2001年、アジア人初の米GEシニア・バイス・プレジデント。08年に日本GECEO。11年から現職。東大時代はアメフト部で活躍。
JTB 会長 田川博己
1948年、東京都生まれ。71年慶應義塾大学商学部卒業後(同じく四天王の鈴木茂晴氏とは大学の同期にあたる)、日本交通公社(現・JTB)入社。2000年取締役営業企画部長。02年常務取締役、05年専務取締役などを経て、08年に社長。14年から現職。