資生堂ショックとはなにか?
「14年春から1万人のBC(美容部員)を対象に育児中でも夜間までの遅番や土日勤務に入ってもらうという。20年以上前から育児休業や短時間勤務制度を導入し「女性に優しい会社」の評判を築いてきた資生堂。なぜここにきて厳しい態度に転じたのか」(2015年6月)と日経新聞は報じています。アエラは「資生堂ショック」という言葉を使い「会社にぶら下がれる時代は終わった」と報じました。
NHKの報道などがきっかけで「女性に優しい資生堂がひどい。買わない」などのツイートが相次ぎ炎上騒動にまで発展しました。しかし、批判だけでなく、これは「構造上の問題である」という冷静な分析もあります。
わたしもこれは、資生堂だけでなく、日本の女性活用の道筋からいって、当然の流れで起きていることと思っています。
資生堂は何を目指しているのか?
FJ緊急フォーラム「資生堂ショックに考える 日本企業の働き方改革。女性活躍を超えて」に行ってきました。
まず資生堂グループは国内2万3900人の従業員のうち、女性社員が1万9900人で83%という特殊な社員構成の会社だということです。
一万人のBC(美容部員)に関しては、ほとんどが女性に限定された職種です。
昭和女子大の女性文化研究所で分析している図を観てください。
企業を4つの象限に分けていますが、資生堂のBCは、かっては(4)だったと思います。「女性に限定された職種で若く時間の制約のない社員が活躍して稼ぐ」というタイプです。しかし、ここでは「出産、育児」の壁を越えられない。定着ができないと、昇進も難しい。これはアパレルなどにもよくみられる構造、「女性だけのキラキラ職場」です。一見楽しそう、でも両立ができず、独身や子どものいない若い時期にのみ活躍できるタイプの会社ということです。
そこで資生堂は「両立しやすい優しい会社」を目指します。つまり(2)にシフトしたのです。女性社員は出産、育児を越え、手厚い子育て支援で「定着」できます。しかし、法定以上の手厚い支援をすると、いつまでも「フルタイム」に復帰しない社員が多くなる。たとえば時短は法定では子が3歳までですが、資生堂だけでなく、多くの会社が「法定以上」を競い「子が小学校入学まで」または「3年生まで」などの制度を作っています。
制度がある以上、使っていけないということはないはず。それを甘えと呼ぶのかどうかはまた別な議論になります。
女性活躍3つのフェーズ
資生堂ショックイベントでは資生堂の道筋がこう紹介されていました。
第1ステージ:子どもができたら多くは退職(両立困難)
第2ステージ:女性は育児をしながら継続(両立可能)
第3ステージ:男女ともにしっかりキャリアアップ
「両立サポート」をしっかりやって、女性社員の定着をはかり、それが完成した後「社員一人ひとりの能力向上」という第3ステージを、今踏もうとしているのです。
その試みが誤解され「資生堂ショック」と言われましたが、新しいステージに入ったということです。
わたしも日本の女性活躍については下記のように観ています。
フェーズ1:雇用機会均等法
フェーズ2:女性に優しい会社
フェーズ3:働き方改革(対象は男女ともに)
[フェーズ1:雇用機会均等法]
・男女平等に活躍できる(男性に合わせる)
[フェーズ2:女性に優しい会社]
・女性に優しい企業
・時短制度など制度の充実
・女性の育休取得100%
[フェーズ3:働き方改革(対象は男女ともに)]
・全体の脱・長時間労働
・時間から成果へ(評価)
・有給取得率が高い(平均は48.8%)
・柔軟な働き方(在宅・フレックスなど)
・育休後復帰が早くなる
・選べる働き方
「甘えるな」の風潮にどう対応するか
フェーズ1では「男女平等に活躍できる」となりましたが、それは24時間稼働できて、いつでもどこでも転勤可能な男性の働き方に合わせたものでした。
当然結婚、出産の壁を越えられない多くの総合職女性が企業を去った。定着のできない時代です。
フェーズ2では、企業は競って女性への「両立支援」を厚くしました。
法定以上の長期間の育休や時短のとれる期間など、制度の充実を競ったのです。しかし、その結果「育休、時短」の女性が多くなってくると、「子育て期以外の人の負担」が重く、職場の不満がたまる。また資生堂にように「繁忙期の人手不足による売り上げ減」という深刻な結果をもたらします。
そこで「制度に甘えるな」「ぶら下がるな」という風潮が出てきたのですが、それは女性だけが悪いのでしょうか?
これは「両立して働き続ける女性などそれほど増えないだろう」と、日本企業全体の見積もりが甘かった結果ではないのかと思います。
制度がある以上、「斟酌して使うな」というのは大変日本的な文化ではないでしょうか。日本の企業の有給休暇の取得率は5割以下。しかし海外から観ると「お金をもらって休める休暇という制度があるのに、なぜとらないのか」と不思議に思われています。
また制度を使わざるを得ない事情もあります。それが長時間労働を見込んだ働き方です。
「時短を切ったとたんに、残業となれば、保育園のお迎えが間に合わない。時短を採り続けるしかない」という選択になってしまうのです。
長時間労働がない国では、長い育児のためのブランクはそれほど必要ではありません。フランスでは育児休職は3年。そして3年後に戻るポジションも以前と同じというように保障されている。しかし、キャリア女性は早くに復帰します。キャリアのブランクを最小限にとどめたいという事情もありますが、週の労働時間は35時間という規制があるからです。実際にパリのキャリア女性の家庭を訪問したところ、夕方は早くに帰って家族で夕食をとり、8時に子どもを寝かせるという生活でした。
資生堂ショックで見えた「女性に優しい企業の限界」
資生堂ショックとは何かを問うならば「女性に優しい企業」の限界です。そもそもの働き方が「残業込み」を前提としている職場の限界でもあります。
育休世代(2000年代以降、育休をとることが当たり前になった世代)がふえ、常に誰かが時間制約を抱えることが当たり前の職場となる。そうなると、「配慮」では乗り切れない「配慮の限界」がくるのです。
今後5年のうちに管理職世代も「介護」という時間制約を抱えるようになる。企業は「社員の誰もが24時間企業のために働ける。それ以外の社員はイレギュラー」という前提ではなく、「常に制約人材がある程度いることを経営のバッファ」として見込んでいかなければならないということです。
それでは今後どうすればいいのか?
それでは今後どうすればいいのか?
その答えは、育児期の女性に限らず、男女すべての社員を対象としての「働き方改革」です。育児期の女性に限らず、男女すべての社員を対象としての「働き方改革」です。いくら女性にだけ優しくしても周りが長時間労働で休みもとんれないようでは、職場の摩擦は拡大、女性は肩身が狭く、ぶら下がるか辞めてしまいます。
今実施されている「働き方改革」」には2種類があります。
(1)労働時間を規制する
(2)ICTによる場所と時間にとらわれない柔軟な働き方
(1)の企業の例としては、大和証券の19時前退社、伊藤忠の朝残業(20時退社)など。(2)の企業はマイクロソフト、グーグルなどの外資系に加え、今リクルートホールディングスなどが、極端に言えば「週1日しか出社しなくてもいい」という大胆な働き方改革の実験を行っています。(これは次回リクルートショックとして書きます)
働き方改革は「社員一人ひとりがそれぞれのWLB(ワークライフバランス)を大事にしながらも活躍」するためのものであり、「時間から成果」への流れです。「24時間会社に捧げる」マッチョで滅私奉公的な働き方を変え、時間あたりの労働生産性を上げようという試みです。
今までと違うのは、「男女すべての社員」を対象にするということです。
もう一つの違いは、これは「福利厚生」ではなく、「経営戦略」としていることです。
マイクロソフトは13年前から経営戦略として「フレキシブルワーク」に取り組み、制度、システム、すべてが整い、あとは「文化」だけという時期に東日本大震災が起きました。社長の決断で「1週間出社してはいけない」ことになり、社員全員が世界のどこかで仕事をすればいいということになった。結果「何も悪いことは起きず、むしろ良いことばかり」だったそうです。この「全員が体験する」ことで、最後の「文化」という壁を越えたのです。
この「働き方改革」の恩恵を一番受けるのは、やはり「育児期の男女とくに女性」でしょう。
働き方改革を実施すると、「時間に関係なく成果で評価」されるようになり、育児期の女性も「時間制約を持たない社員」とフェアに競えるようになった。その結果定着だけでなく、時短を長くとる必要がなくなり、活躍できるようになるのです。
わたしは特に「労働時間コントロール」が女性には有効と思っています。
育児期の女性がエンジンとなって働き方が変わると、同時に介護離職も減り、男性が家庭参画し、また勉強したり社外で地域活動する時間も増える。インプットが増えることでイノベーションをもたらし、社員の流出を防止し、優秀な人材を集められるようになる人材戦略としても有効です。2060年には労働人口が半減する日本で「人材の奪い合い」に勝つための競争は始まっているのです。
いいこと尽くめの改革に踏み切れない理由
とまあ、いいこと尽くめのはずですが、なかなか踏み切れない企業が多い。その理由は滅私奉公文化で育った人間が上司であるということでしょう。上司は部下と常に顔を合わせていないと不安だし、特に「労働時間を今までより減らす」ことは経営者には大英断です。かなりのパラダイムシフトを迫られているのです。
これが今日本の女性活躍推進に起きている流れです。
さて、「資生堂」に話を戻します。「働き方改革」といっても資生堂のような現場の営業、それも女性中心となると、柔軟に場所や時間にとらわれず働けない。また商業施設全体の閉店時間にあわせるので、資生堂の美容部員だけが先に帰るわけにはいかない。
アパレルなど、女性の対面営業が主力という職場は、どこも同じ問題を抱えるでしょう。正社員の対面営業を大量に抱えてきた資生堂が一番最初に直面しているだけなのです。ある大手アパレル経営者が「イオンなど大型ショッピングモールが10時閉店になってから人員配置が大変」とこぼしていました。
「女性中心のキラキラ職場」にも限界がきているということです。
デパートも20時閉店、駅ビルなども22時閉店。シフトで遅い時間に入れる人が必要になるし、土日も出てほしい。
人件費の安いアジアでは夜中まで大型モールが開いていることは珍しくないのですが、日本でもアジアの観光客に対応するなら、都会は今後どんどん閉店時間が遅くなる可能性があります。
シンガポールのカジノがあるモールは、12時近くまでブランド店があいていて、驚きました。
ヨーロッパでは、もともと休日は厳格に守られていたので、EUになってから日曜にパリのデパートも開店し「フランス人も働くようになった」と驚いたものです。しかし24時間買い物できる便利な町にはなりそうもない。
ヨーロッパのようにすべての人のWLBを大切にして、日本も「便利な24時間社会」をあきらめるのか? それともインバウンドを意識して、徹底的に不夜城となっていくのか?
限界を乗り越えるには?
もし24時間の便利な買い物を選ぶなら、今後「日本人の若い女性」社員だけでまわす職場は早々に限界となります。
資生堂も「遅いシフトに入る社員」というカテゴリの助っ人がいるそうですが(学生アルバイトなど)、そうした代替要員を増やしたり、遅い時間や土日シフトに入る人は明確に「高い賃金」で差別化していくしかないでしょう。時給=ベビーシッター代よりは上、または時給がベビーシッター代ととんとんでも、将来的に投資する価値があると社員が思えば、シフトに入るでしょう。
FJの資生堂ショックイベントでも「育児中でも全部の土日や夜が出られないわけではないので、夫に育児を担当してもらったりして、その人に合わせて、入れる日を作っていく」ということでした。
その際にFJのイクボス講習をされている方が「夫との交渉マニュアルも作ってあげた方が親切」と言っていました。
夫との交渉材料としてはやはりお金です。ふと気になってサイトで美容部員の給与をみてみると、事務職女性などよりは高い。(いろいろな採用に仕方があるようですが)これだけの報酬を持って、夫と交渉することは十分可能ではないでしょうか?
土日のシフトに月2回は入ればこれだけお金になる。または職階があがれば増収になるなど、明確な報酬の増加は交渉材料になるはずです。
人手不足の時代、給与の低い介護業界は、「いくら施設を増やしても、人員確保ができず開業できない」となるそうです。
アパレルや宝飾、美容部員など、キラキラした業界にもいずれ同じ問題が起きるようになるかもしれない。
女性だけのキラキラ職場という考え方自体を変えていくのも一つの解決法です。外資ブランドなどは男性の美容部員が接客してくれます。日本人の平均年齢は45歳ぐらいですから、お客も年配です。当然年配の元美容部員を呼び戻すという選択肢もあります。
また対面販売が集客の要というのも、すでにネットショッピングの時代としてはどうなのか? ネットと対面と両輪は必須で、対面の比率を減らしていくこともあるかもしれません。
将来はペッパー君のようなロボットも助っ人に入るかもしれません。
若手女性だけの職場から「ロボット、ネット、男性、年配女性、外国人」など、多様性のある職場へと転換していく可能性もあります。
最後に……地方では資生堂の正規社員の美容部員は、女性の安定雇用です。貴重な女性の稼げる仕事がなくならないよう、ぜひ資生堂にはがんばってほしいと思っています。
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。1億総活躍会議民間議員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊1月5日発売『専業主夫になりたい男たち』(ポプラ新書)。