ダイバーシティの一部である「女性」が活躍することについて、政府をあげて推進しているウーマノミクスですが、企業によっての本気度の差は大きいといわざるをえません。「他社もやっているから仕方なく」なのか、それとも「本気で女性の力が必要だ」と思っているのか?

「見せかけ」の女性活躍推進は逆に女性を翻弄し迷惑になります。何がそれを分けるのかといえば、「トップの本気のコミットメント」。さまざまな発言を通して「このトップは本気だ」と思える経営者、5期連続増収増益を続けるカルビーの松本晃会長兼CEOに、「女性活躍に対する思い」をうかがってみました。

地位が好きな男、おカネが好きな女

カルビー 松本晃 会長兼CEO

【白河桃子】管理職になって活躍してよと言われても、断る女性がいる。それが今、多くの企業さんの課題ともなっています。

【松本晃】言われた瞬間は断るかもしれません。でもそれは本音とは違います。男は何か知らないけれど偉くなりたいんで「ハイ」と即答します。女性は賢いから断る。女性は頭がいいから責任と報酬が見合っているかを計算できるんです。

だから、明日から年収1億円と言われたら、女性だって管理職になると思います。絶対なると思う。日本のダイバーシティが進まない理由の1つは、責任と報酬のバランスが悪いんですよ。偉くなって残業手当がなくなったりすると、逆に損になる。男性はアホだからね、給料が減っても偉くなりたい。でも女性は違う。男性は地位が好き、女性は意外とお金が好き、それだけの違いです。

【白河】今そこの面はどういうふうに工夫されていらっしゃるんですか。

【松本】カルビーでは役職者の手当なんて雀の涙程度です。それでも男性はタイトルを得て嬉しがるんですが、自分の責任が何かというのは意外と理解していない。

だから、制度で解決する。もっと役職手当を増やせということですね。課長手当50万となったら、50万円ももらって課長として何をやるべきかと意識が上がるでしょう。ところが1万円2万円もらっても、そこまでの意識にはなれない。単純な仕組みです。

だいたい日本の会社は「何をしてくれたらこれだけ払う」というコンセプトがないんです。本当は簡単なことですよ。例えば課長の大事な仕事は2つしかない。ひとつが与えられた職務、つまりコミットメントした業績を残すこと。もうひとつは部下を育てること。例えば、課長さんだったら業績に20万円、人を育てるための費用は10万円と、最初から分けておいたらいいわけ。それだったら誰でも何をやるべきか理解できる。

抵抗勢力がいる

【白河】今、安倍政権の主導のもと、一生懸命ダイバーシティに取り組んでいますが、今後の日本のダイバーシティの行方はどうなると思われますか?

【松本】大会社が率先してやらなければいけないでしょう。中小企業のひとつやふたつがやっても全体は変わらない。強権発動しないと難しいですね。僕はクォータ制には賛成です。

しかし大きな問題は、数字合わせになること。「2030」といっても、結局はスタッフ部門の女性を偉くして、ライン部門はやらないということになりかねない。営業や工場は相変わらず男の世界で、人事や広報などのスタッフ部門に女性が集まる。こういうアンバランスな体制ができる。それは本当のダイバーシティではないんです。

僕がジョンソン・エンド・ジョンソンのときに、14ある部門の6部門を女性のトップにした。何の問題もなかったし、むしろ業績は良かった。でも日本では、本音ではダイバーシティが嫌だという人が多いと思います。問題は、そうした抵抗勢力もあって、動きが遅すぎるということです。Too lateどころじゃない。Tooooooo lateです。

【白河】気がついたときには遅すぎるということでしょうか?

【松本】そう、アジアはどんどん変わっている。日本は少子化の影響もあって成長は期待できない。その中でカルビーだけ成長せよというのは難しいです。あらゆるリソースを使わないといけない。そのリソースの中で一番日本に欠けているものは何かというと女性ですよ。簡単なことです。安倍さんもそう言っているけれど、あとは「Just do It!(やるっきゃない!)」これだけです。

【白河】アジアの他の国とは違って、家事の外注が少ない日本では、女性には仕事も家事育児もかかってきてダブルワークになりがちな現状です。もっと男性も家事責任をという議論もありますが、どう思われますか?

【松本】そこは結婚時にしっかりと「契約」しておくしかないね。あと、昔は男はそこそこ働いて収入があって、それでなんとかやっていったけれど、今、男の収入も多くないからね。

昔は、たとえば35歳から40歳ぐらいの男は700万ぐらい稼いでいた。それで奥さんは働かなくてすんだ。今いくら稼いでいるかというと。男450万、女250万で足して700万円。こんな家族が一般化してきたんです。そうすると、450万しかもらってないんだから威張るなと。もっと家の仕事やれということになる。

共働きがますます重要になる

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【白河】 これから若い世代が安心して結婚して子供を持つためにも、今経営者は多少時間的に制限がつく働き方をする女性を雇い続けるか、男性のお給料を2倍にするかの選択を迫られていると思います。

【松本】それは本当にそうですね。世界との競争が始まったから、昔みたいに男だけにたくさん払うことはできない。これは日本の企業全体の問題です。夫婦で働いて、足して生活をやっていくしか手がないんです。

アメリカでもそうですよ。昔は平均したら夫婦共働きで6万ドルぐらい収入があった。それが今は減ったから、仕方なくそのお金で生活しようとすると何が起きると思いますか?

美味しいものを安く買いたいという心理が働いて、ウォルマートなんかはそれで成長したんです。アメリカの景気が悪くなって世の中Everyday Low Priceになりました。失業者も溢れた。そのときに出てきたレーガン大統領は何をやったかというと、仕事を増やしたわけですよ。一説には3000万から5000万人ぐらいの雇用を増やした。増やそうと思ったら、全体の給与のレベルを下げざるを得ない。その後は、マジョリティの給与はあまりあがらなくなった。トップはあがりますが、CEOは1人しかないので、10億もらおうが20億もらおうが大した問題ではない。しかし社員一人ひとりの給料がこれから大きくあがるということはあり得ない。日本もそういう時代だということです。

【白河】ますます、共働きが重要になりますね。男女ともに雇用が確保できることが今後の日本の少子化のためにとても重要になると思います。しかし、経営的な視点で考えれば、工場などを集約して、生産を海外へ……ということになると思うのですが、松本会長は雇用もしっかりと守っていらっしゃる。

【松本】僕はクビ切りが下手だし、クビを切るの嫌いなんです(笑)

できるかぎり今の雇用を守りたいですね。工場が多すぎて本当は集約しないといけないんですが、難しいです。例えば、鹿児島の工場と千歳の工場を1つにしたら、場所はその中間地点におくしかない。しかし、今鹿児島にいる人も千歳にいる人もみんな通えないからクビになってしまいます。雇用を守ることは非常に大事。特に地方の工場がなくなったら、多くの人の働く場所がなくなりますから。

会社はね、儲けたらいいわけじゃないですよ。カルビーのビジョンは、1番は、顧客と取引先。2番は、従業員と従業員の家族。3番目は広い意味でのコミュニティ。株主さんは4番なんです。

本気になれば1秒で変えられる

【白河】本当にシンプルですばらしいですね。日本のダイバーシティも経営もぜひ松本会長のような方にリーダーシップを取って欲しいですね。ぜひ女性へのエールをいただきたいです。

【松本】もう当たり前になっているから、特にはないんですが……、やりたいことをやりなさいとよく言っています。そして会社は時間なんか求めていない。成果を求めているんだと。

長きをもって尊しとなすという日本の文化はね、実は江戸時代からできたんですよ。僕はそれを全く否定している。長いっていうのは別に何もいいことないよと。

成果を求めず長い時間勤勉であるというのは、江戸時代にできた哲学。どうしてかと言えば、江戸時代は成長しちゃいけない時代だったんです。成長を求めると、下剋上の世界になってしまう。江戸時代は安定の時代ですから、問題を起こしてはいけなかったんです。そのための制度がうまくできていた。今の日本に、徳川家康の作った制度が通用するわけないじゃないですか?

でも意外と、明治、大正、昭和から今の平成にかけて、これがなくなっていないんです。

【白河】文化を変えるって本当に難しいことですね。

【松本】ところがね、面白いのは文化を変えるのは難しいという反面、自分で変えようと思ったら1秒でかわるんです。

考え方を変えたらしまいですよ。あ、変えよう、と思ったら1秒でいい。でもみんな、なかなか変えようとしない。

でも常に変えていくことで、変わることが当たり前になる。こうやって、変えることを恐れない状態にすることが大事です。もう25年ぐらい前から、松本さんは朝改暮改だとよく言われます。朝令暮改じゃない。朝決めたけど、朝変えるわというのが朝改暮改。

【白河】なるほど。常に柔軟でいるっていうことですね。

【松本】こっちの方が正しいと思ったら、変えたらいいんですよ。それが間違ってたらまた変えたらいい。ただ、一番の軸そのものは変えてないと思います。

今までやっていなかったことをやろうとすると、いろんな問題も起こります。しかし、それは本質的な問題とは思わない。

女性を登用する段階で、いろんな意味で経費がかかるんですよ。しかし経費ではなくそれは投資なんです。

経営者としてはまず経費をInvestmentとExpenseに分ける。そしてInvestmentはやるけれどExpenseは使わない。Investmentの中で一番大事なのは人件費で次が教育費。これをExpenseと考えたら会社の経営は上手くいかないんです。

女性は会社のエンジンですよ、女性を活用してない会社は、2つエンジンがあるのに、1個を使ってないのと一緒です。ダイバーシティは、グロスの成長のためのエンジンですよ。使わないとダメになるのは当たり前。もちろんダイバーシティには外国人も障がい者もシニアもありますが、日本の半分は女性なんだから、一番大きなエンジンなんです。

カルビー 代表取締役会長兼CEO
松本 晃
1947年、京都市生まれ。京都大学農学部修士課程修了。72年4月伊藤忠商事入社。医療機器販売の子会社を経て、93年ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人へ。同社の社長、最高顧問を歴任。2008年カルビー社外取締役に就任後、09年6月より現職。

白河桃子

少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。「妊活バイブル」共著者、齊藤英和氏(国立成育医療研究センター少子化危機突破タスクフォース第二期座長)とともに、東大、慶応、早稲田などに「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」をボランティア出張授業。講演、テレビ出演多数。学生向け無料オンライン講座「産むX働くの授業」も。著書に『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』『婚活症候群』、最新刊『「産む」と「働く」の教科書』など。