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長宗我部元親はこの一戦から没落の一途…信長も認めた優秀な嫡男がムダ死、"無謀な作戦"を命じた男の名前
南東に高知平野の一角である香長平野を一望する岡豊城。標高97.5mの岡豊山の山頂一帯が城域
岡豊城・三ノ段。野面積の石垣は高さ1mほど
岡豊城・詰下段。ここにも石垣が残る
岡豊城・三ノ段外側の急斜面には深い竪堀が残る
中富川古戦場跡を北岸より。元親や信親の部隊は、写真左奥の川の対岸から北上してきた
落合芳幾画『太平記英勇傳 長曽我部弥三郎信親』、1867年(
東京都立図書館
所蔵)
長宗我部元親。画名「絹本著色長宗我部元親像」(写真=秦神社所蔵品/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
仙石秀久の肖像画、江戸時代(写真=CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
戸次川古戦場(現地案内板より)
長宗我部信親終焉の地。国道10号線沿いの窪地に慰霊碑が立つ
讃岐の猛将・十河存保もまた戦死している
鶴賀城から北の眺望。白い橋のあたりが激戦地
鏡城より。戸次川の対岸の平地に島津軍がいた。尾根右端の山上が鶴賀城
鶴賀城縄張図(現地案内板より)
鶴賀城の尾根地形を活かした土塁
鶴賀城の横堀
鶴賀城の畝状竪堀群
長宗我部元親の四男・盛親を後年、鈴木松年が描いた絵、1907年以前(蓮光寺所蔵)(写真=CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
戸次川の古戦場近くの丘にたたずむ長宗我部信親の墓
信親の墓のすぐそばには無数の仏像も。戦いで散った兵士たちの無縁仏だろうか
伝・香川五郎次郎親和の墓。一族の墓から100mほど離れた場所にひっそりと眠る
※プレジデントオンライン編集部作成
※プレジデントオンライン編集部作成
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