優れたプレーを見ただけで自分の武器にできる能力
中でも凛輝が並々ならぬ興味と才能を見せていたのが、ラグビーだ。
自らもプレーしているのに、彼はテニスの試合中継など一切見なかった。しかしラグビーの試合となると、テレビにかじりつくのだ。自宅の裏庭ではラケットを持っての素振りなど一切しないくせに、ラグビーボールを蹴り上げてキャッチする遊びは大好きだった。
まだ凛輝が小学校に上がる前、兄がプレーしている地元のラグビークラブに父と応援に行った時のことだ。凛輝の目の前にラインを割ったボールが転がってきて、「リンキー、それ戻して」と声がかかった。すると彼はボールを拾い上げ、誰にも教わっていないのに見事なスピンがかかったスクリューパスでピッチに投げ戻して、周りの大人たちを驚かせたのである。土方氏が「なんであんなことできたんだ?」と尋ねると、凛輝はこともなげに「だってテレビでああやってるじゃない」と答えたという(余談ながら、他人の優れたプレーを目で見ただけで要領を掴み、自分の武器にまでできるこの能力は、プロテニス選手になってからも大いに彼を助けている)。
小学生になって兄がプレーしていたクラブに入団するや彼はすぐチームの司令塔となり、決定的なパスを繰り出したり、自らもトライの山を築いたりした。オーストラリア人チームメイトの親からは、「将来はワラビーズ(ラグビーオーストラリア代表の愛称)入り間違いなしだね」とよく声をかけられた。
「ラグビーかテニスか」9歳で迎えた転機
しかし凛輝が9歳の時、転機が訪れる。ラグビーの試合前に仲間とふざけ合っているうち、大柄な選手の下敷きになって左腕にひびが入ってしまったのだ。出場予定だったテニストーナメントの前日の出来事だった。
「事ここに及んで、私は凛輝に申し渡しました。『お前がラグビーの方が好きなら、そっちを選んでもかまわない。危険を伴うスポーツだが、時々今回のような負傷をしながらプレーを続けていけばいい。だがもしテニスの方を本気で続けたいのなら、試合に出られなくなるけがを負ってしまうラグビーとの両立は無理だ。どちらかに決めなさい』と」
悩んだ末、凛輝が選んだのはテニスだった。
けがが癒えた凛輝は、10歳にしてオーストラリアテニス協会が運営するナショナルアカデミー入りを果たす。通常は12歳から18歳までが対象年齢なので、今も破られていない同アカデミーの最年少加入記録である。彼の非凡ぶりは、すでに同国テニス界で知れ渡っていたのだ。


