個人の努力だけではどうしようもない

お話ししてきたように、人の精神構造は建築のようなもので、突貫工事でつくればいろいろな問題が生じます。後から補強もできますが、それにはとても大変な労力と時間がかかってしまいます。

だから、時間をかけて基礎工事をすることが大切なのです。「まだやってるの」と言われるぐらい時間をかけたほうが建物は安定します。

村上伸治監修『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』(大和出版)
村上伸治監修『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』(大和出版)

誰もが愛着の問題を抱えやすい世のなかになったのが現代です。本書を手にとったみなさんも、過去のできごとを思い出すにつれ、いろいろと思い当たることがあったのではないでしょうか。いつの時代も、親と子がじっくり向き合う時間がとれれば理想的なのです。

しかし、家族関係、人間関係は社会の影響を大きく受けます。個人の努力だけではどうしようもない部分もあるのです。

さまざまな精神疾患で受診する患者さんと話をしていると、最初は気づかなかった生育の問題に気づくことがよくあります。本人も意識してこなかった自己肯定の問題が浮かび上がり、それが主題になって診察が進むこともあります。毎回ほんの10分程の診察でも愛着の問題に目をやり、改善していくこともできると感じています。

自分の愛着の問題に気づいた人は、親との関係の再構築が困難であっても、周囲の人との間で愛着形成を補うことで心の補強工事をしていくことは可能です。

心理療法を受ける精神疾患の患者
写真=iStock.com/findfootagehq
※写真はイメージです

愛着形成を社会全体で支える

かつて日本社会は地縁が深く、近所のおじさんおばさんと家族ぐるみのつき合いがありました。子どもたちは親や家族と愛着を形成した後、愛着を身近な大人に広げることで、親との愛着に不備があっても、身近な大人との関係でそれを補うことができました。

ところがいま、地縁社会は失われ、子どもは親や先生以外の大人と交流する機会はとても少なくなっています。愛着を親子関係だけのことにせず、身近な大人との関係を豊かにすることで、愛着形成を社会全体で支えるようになることが望まれます。

村上 伸治(むらかみ・しんじ)
精神科医

1989年岡山大学医学部卒業後、岡山大学助手、川崎医科大学講師を経て、2019年より川崎医科大学精神科学教室准教授。専門は青年期精神医学。著書に『実戦 心理療法』『現場から考える精神療法 うつ、統合失調症、そして発達障害』(共に日本評論社)、編著として『大人の発達障害を診るということ 診断や対応に迷う症例から考える』(医学書院)などがある。