新政権は国内の立地競争力強化を図る意気込みだ。空洞化を克服する道筋は──。長く国内の産業集積をウォッチしてきた西武文理大学サービス経営学部長・柏木孝之教授に、日本における新たな産業集積の方向性を聞いた。

東日本大震災や円高を受け、日本企業は工場の海外立地を加速したといわれ、製造業の産業の空洞化が深刻に懸念されている。

その一方、経済産業省「平成24年上期(1~6月)における工場立地動向調査について(速報)」によると、国内の工場立地件数は469件で、前年同期に比べ16.4%の増加となった。立地面積は、同じく71.3%増にも上る718ヘクタールだった。

半期ごとの集計では3期連続の増加となり、件数、面積とも大震災前年の平成22年上期、下期を上回っている。

「殿木理論」が示す
生産拠点展開の変遷

──長期的に振り返り、柏木先生は国内工場立地の推移をどのように分析なさっていますか。
柏木孝之●かしわぎ・たかゆき
西武文理大学 サービス経営学部長
1982年、日本大学大学院生産工学研究科修了。工学博士。㈱開発計画研究所代表取締役所長などを経て、2008年より現職。政府や自治体の研究会等委員も多数歴任。

柏木 日本メーカーの工場展開については、実はもう半世紀近く前、1966年に故殿木義三先生(当時、茨城大学教授)が唱えた理論があります。これは、生産形態と技術の成熟度によって、工場が地方に移転分散しにくい段階から移転分散する段階へのシフトが起こるというものです。

まず、メーカーが「革新的な技術で少量型(寡産型)の生産形態」をとっている間は、工場が地方に移転分散しにくくなります。イノベーティブな技術を研究開発し、製品を試作するチャンスは企業にとっても多くはないので、それらの機能が集まったエリアに工場がないと、継続的に高くないコストで、しかも時機を逃すことなく生産に入ることができません。このため、もともと多様な基礎的汎用技術が存在し、なおかつ革新的技術の研究開発、試作もできる大都市圏に、工場は立地することになるわけです。

具体的に日本発のどんな製品が革新的だったのか、歴史に沿って挙げてみますと、トランジスタラジオ、テープレコーダ、携帯カセットプレーヤー、家庭用ビデオデッキ・カメラ、CDプレーヤー、インクジェットプリンタ、レーザープリンタなどが代表です。

しかし、どんな製品の技術も革新的と呼ばれる時期を過ぎ、中進技術から爛熟技術と呼ばれるようになっていくのは必然です。それに伴って生産形態はロット型、見込み量産型へと移ります。その結果、工場も次第に大都市圏から地方へ分散するのです。

ここでぜひ押さえておきたいポイントは、「多様な基礎的汎用技術があり、しかも多様な革新的技術の研究開発、試作もできる」という企業集積こそ、日本を成長させた「輸出立国モデル」の礎だということです。典型例は、東京都大田区など京浜地区に集まった中堅・中小企業。彼らは多くの高感度な大企業の研究開発・技術開発部門に切磋琢磨され、基礎的汎用技術の力を高めたのです。

──量産のための工場が大都市圏から地方へ分散していくプロセスについて、その背景を具体的にご説明ください。

柏木 最終的に大量生産する製品の生産工程が確立されると、量産効果が発揮される低コスト生産を目指します。そこで用地費や建設費などイニシャルコストや賃金などランニングコストがより安い地域を求め、大都市圏を離れていくのです。

この原則の延長線上に、海外立地があるといえます。ボーダレス社会が到来してからは、コストをいっそう下げようと、多くの企業の生産拠点が東アジアへ展開したことはいうまでもありません。徐々により安い場所を目指しますから、シンガポール、マレーシア、中国へと立地指向は変化し、近年ではベトナムからラオスなどにも進出する企業があります。

しかし最近、殿木理論にも例外が現れているのは事実だ。柏木教授自身、国内で見られる自動車産業やエレクトロニクス産業の動きを指摘する。それは、地方の量産工場に付随して、研究開発や技術集約機能の拠点が同じ地域に立地する例である。つまり新たな技術・製品・事業が誕生する可能性を秘めているのは、大都市圏だけとは限らないのである。