約20%の人に「老年的超越」という心の変化が起きる
さて、こういった心の変化を「老年的超越」という言葉で表現した研究者がいます。スウェーデンの社会老年学者ラルス・トルンスタム(ラーシュ・トーンスタム)教授で、大規模な調査を踏まえて1989年にこの概念を提唱しました。「加齢に伴う、社会で求められてきた物質主義的で合理的な世界観から宇宙的、超越的、非合理的な世界観への転換」という意味とされます。
これは、年を取るに従い、世界を理解する枠組みの考え方が変わったり、世界のとらえ方が変わってくるということを示しています。おそらく多くの人にとっても同様で、昔考えていたのと今考えている世界は異なるでしょう。私自身、若い時はまわりが敵だらけのように感じていましたが、今はいい人ばかりというような感覚があります。
トルンスタムはスウェーデンで65歳以上の約1600人に調査を行い、約20%の人が「老年的超越」を達成していると報告しています。その達成には、年齢が高いこと、活動的であること、専門的職業に就いていたこと、比較的都市部に住んでいること、大きな病気を多く体験していることが関係していたそうです。
私は彼に一度しか会ったことがありませんが、非常に明るい方でした。老年的超越を唱えた人なので、きっと気難しい人なのだろうと想像していたので拍子抜けしました。また、彼は観察力に長けた人だと思います。
3人の子がいる状態で離婚し苦労した女性も「老年的超越」に
例として挙げられるのが元看護師の女性エヴァです。彼女は結婚して3人の子どもを儲けますが数年後に離婚、大きな精神的苦痛を経験します。エヴァは「精神的苦痛を通じて何かを学ぶことができる」といい、また人生については「前は川の流れに乗っているように感じていたが、今は私自身が川であり、楽しいこともそうでないことも、すべてを含んだ流れになっていると感じる」と答えています。
川の流れの件から、トルンスタムはエヴァが自分自身の存在と「大いなるもの」、彼の言葉で言い換えると「宇宙的意識」との一体感を感じていると見出しています。彼は、文献調査、インタビューや質問紙調査を進めて、最終的に年を取るとともに変化が生じる3つの領域を指摘したのです。
それらは「宇宙的意識」「自己意識」「社会との関係」と呼ばれます。少し難解ですが「宇宙的意識」の領域では、自己の存在が過去から未来への大きな流れの一部であり、過去や未来の世代とのつながりを強く感じるようになる。最終的には、宇宙という大いなる存在につながっているという意識を持ち、生と死の区別も弱くなると説明しています。