決定事項はすぐに実行されるが、決まるまでは時間がかかる

また、面食らったのは、一度「やるぞ」と決まったことについては、先ほど述べた通り集団で驚くほど早く動くのですが、決まるまでの意思決定のプロセスはきわめて慎重で遅いというギャップに関してもです。しかも物事を決める際にも、決まったあとにも、各個人の意思や裁量はそれほど大事にされていないような印象を受けました。これはその個人が集団に対してロイヤリティが高く、考えや価値観が一体化していることを暗黙の前提にしているからではないでしょうか。

キッコーマンでは社員に対してはものすごくぬくもりを持ってくださり、私が退職するにあたって一番聞かれた質問は「何が合わなかったの?」でした。これは逆に言うと、価値観や職場の人間関係、あるいは業務とフィットさえしていれば人間は仕事を辞めないと考えている、ないしは、辞める理由として「合わない」ことを挙げる人がそれまでも多かったからこそ出てくる発言でしょう。仮に待遇に不満を抱いて辞める人が多かったりしたら、「合う/合わない」の問題だという聞き方はしないでしょう。そのくらい会社と従業員が「合う」ことを重視しているようです。

老舗企業は社員を「家族の一員」として面倒を見るが……

しかし私はそもそもその「従業員は会社が大好きである」「会社と従業員は一体化した存在である」という価値観になじめませんでした。私が日本企業の良さでもあり問題点でもあると思う点に、社員を家族のひとりとして見るような文化があります。

キッコーマンもほかの日本の大企業同様に福利厚生がしっかりしており、しかし初任給や若手の給料はボーナスを含めても高くありません。ほかの先進国と呼ばれている国、たとえば欧米の企業と比べても給与水準は低いです。基本給はそんなに出ない、しかし手当が厚いのが日本の大手企業の給与体系の特徴です。たとえばスーツ代や家賃に少し補助が出たり、交通費が出たり、会社の株を良い条件で買えたり、さまざまな手当が用意されている。

そんなにあれこれ手当を作るくらいなら基本給を上げればいいのではとも思う一方、なぜそんな制度なのかと考えると、おそらく社員を家族のひとりとして見ているからではないでしょうか。遊ぶお金に関しては積極的に出さないけれども(特に若いうちは)、働く上で、生きていく上で必要なことにはお金を出すよ、だって家族の一員だもの、と。そして長年ずっといっしょに過ごす家族と捉えているから、個々人の能力や成果、業務内容がどうであれ、一般的に子供の教育費などで一番お金のかかる40代、50代の時期に給与が高くなるように設計されているのです。