今も「現場で一番大きい声を出している」
国内最高齢の現役女性映画監督、山田火砂子さん(92歳)は、週3回人工透析の通院を続けながらメガホンを取り、2024年2月に新作『わたしのかあさん―天使の詩―』を完成させた。移動の際は車椅子を使うものの、撮影現場では大きな声で指示を出す。事務所のスタッフは「寺島しのぶさんが『現場で一番大きい声を出しているのが山田監督ですね』と驚いていました」と振り返る。
原点になった戦中、戦後の記憶
彼女の映画づくりの原点には、女性が自立することを想像すらできなかった幼い頃の記憶がある。
山田さんが東京府豊多摩郡落合村(現在の新宿区)で生まれたのは1932年(昭和7年)、満州事変の翌年だ。幼い頃から少女時代にかけての記憶は、戦争とともにある。
「小学校1年の時に、床屋のみよちゃんが疎開していった。埼玉だったか栃木だったか……。泣きながら別れたのを覚えてる」
13歳の時には、山の手大空襲を経験した。何百機ものB29が空を覆い、焼夷弾によってあたり一面が火の海になった。川の近くまで逃げ、水に濡らした布団をかぶってなんとか命拾いしたものの、当時の恐怖心はいまも消えない。「花火なんて見ないよ。あれ見ると、思い出しちゃうからね」
敗戦後は、誰もが必死で生きていた。NHKの連続テレビ小説「ブギウギ」にも登場した「パンパン」と呼ばれていた女性たちも見かけたことがあったが、「映画やドラマとは全然違う」と話す。
「自分の身を捨てても親やきょうだいを助けてやろうと、死に物狂いで生きていた女性たち。刺青を入れて、おっかなかった。じろじろ眺めたら殴られちゃうような感じだったよ」