紀子さまの高度な教育方針
次男の嫁である紀子さまは女子を2人もうけたのち、「雅子家」にお世継ぎが生まれないといって世が騒然とバッシングするのを見て、鮮やかなムーブで将来の皇嗣となる男子をこの世に送り出した。次世代の天皇の母となった紀子さまは一瞬、したたかであるかのように映ったがそうじゃない。
あれは、雅子・浩宮(当時)家に代わって、可能な自分たちがその重責を背負って生きようという、紀子・秋篠宮家の決意だったのじゃなかったか。
「紀子スマイル」と呼ばれる、決して崩れることのない微笑みの下に隠された、鉄壁の覚悟のようなものが、紀子さまという女性が人生を前へ進めるにつれて年々大きく顔を覗かせるようになった気がする。私はたまたま、眞子さんや悠仁さまと同じ年頃の子どもを持つ母として見ていると感じるのだが、それは「紀子家」の教育方針に顕著なのだ。
両親ともに学習院、まして父が学習院の教員であったという「伝統」がありながら、大学では学習院に背を向けて女子2人を(よりによってあの当時日本の伝統的な教育から最も遠いとすら言えた)ICUへ入れ、いま、次期天皇となる悠仁さまはお茶の水女子大附属小中を経て筑波大附属高校へ。東大を目指していると言われていたが、どうやら筑波大も現実的な視野に入れているようだとの報道があった。
私も同じ年頃の子どもたちを持つ母親として彼らの受験に向き合っていると、紀子さまの教育方針が、お子さんそれぞれの時代にすごくセンスのいいチョイスであると感じるのだ。ブランドに任せるのではない、現実的で硬派、しかもかなりアカデミックに高度な教育方針なのである。お子さんたちは、よくぞそのハイレベルな期待に見事に応えていると思う。
あれは誤算などではなかったのではないか
とすれば、眞子さんがエア親戚たちのざわつく「思想」を身につけて皇室離脱した件は、もしかして紀子さまは決して予想外ではなかったのではないかと感じるのである。あれは誤算などではなかったのではないか。どこかでそれは予感されていたのではないか。
マコジットの騒ぎのあたりから、紀子さまや秋篠宮家への批判も強まった。特にいま、紀子さまを「次期天皇の母の座でふんぞりかえる悪妻」「イライラした教育ママ」かのように書いて悪者扱いする流れがある。エア親戚たちは自分たちの思い通りに動かない秋篠宮家に不満を募らせ、SNSでは「秋篠宮家は皇籍離脱せよ」なんて無茶を言い出すハッシュタグまで出たそうだ。
それは、「紀子家」がエア親戚たちの忌み嫌う進取の気性を見せていることを意味する。
もしかして、後世は紀子さまこそが皇室の現代化を担ったと評価するのではなかろうか。
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。