カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、飲食店やスーパー、病院などで悪質なクレームを言ったり嫌がらせをしたりする行為。犯罪心理学の専門家である桐生正幸さんは「カスハラは社会問題化している。2022年には厚生労働省が企業向けの対策マニュアルを発表した。企業が従業員を守り、消費者を育てるには本腰を入れた対策が必要だ」という――。

※本稿は、桐生正幸『カスハラの犯罪心理学』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

エッセンシャルワーカーを悪質なカスハラから守るには

カスハラ被害を受けるのは、最前線で接客などをする「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる人たちだ。

エッセンシャル(essential)とは「必要不可欠な」という意味を表す英単語で、エッセンシャルワーカーは「必要不可欠な仕事に従事する労働者」を示す言葉だ。病気や介護のほか、衣食住など生きていくために必要なものやサービスは多くある。コンビニやスーパー、そうした店で売られる商品を運ぶ運送業、医療や介護、さまざまな場面で私たちの生活を支える「必要不可欠な仕事」をしている人たちがいる。コロナ禍の緊急事態宣言下でも、通勤して職場で働かねばならない職種の人たちが注目されたことで、この言葉は日本でも広く知られるようになった。

そんな従業員たちは、真っ先にカスハラと直面する人たちでもある。マニュアル対応だけでは被害は拡大してしまう。カスハラ加害者のタイプを知り、具体的な対応をとる必要がある。ここでは数例を挙げよう。

「なめんなよ!」と怒鳴る客の被害者意識を落ち着かせる

ドラッグストアで働きはじめたFさんが棚の商品を補充していると、突然の罵声に驚いた。

「お前ふざけんなよ! なめんなよ!」

Fさんよりもずっと年上に見える男性客の言葉は支離滅裂だ。身の危険を感じてパニックになりかけたFさんだが、すぐさま先日受けた指導を思い出した。

(そうだ、まずは「そんなにビックリしないでも大丈夫」そう自分に語りかければいいんだっけ)

ビックリはしたが、心のうちで呪文のように唱えると、心なしかさっきよりも気持ちが落ち着いてきた気がする。男性客の向こうに他の従業員や客の姿も見える。先輩が待機しているのが見えて、Fさんは冷静さを取り戻した。

客はすごい剣幕で怒りつづけている。先ほどから「なめるなよ」「お前のせいで」という言葉も何度か聞こえてくる。こういうタイプは「自分が危害を加えられている」と思っているタイプのはずだ。

「いつもご来店ありがとうございます。いかがなさいましたか?」

Fさんが落ち着いた声でそう言うと、怒鳴っていた客は少し驚いた顔をしながらも、荒らげていた声は幾分小さくなった。

薬局
写真=iStock.com/kumikomini
※写真はイメージです