生活保護の医療費全額扶助にも同じことが言えるか

この論文は「ゼロ価格効果」の存在を実社会の研究において初めて示したものである。それは国民皆保険、全国均一の診療報酬という日本特有の医療制度に加えて、各自治体が個別の医療費助成をしていた、という日本固有の事情によって得られた知見である。この結果を当の日本が生かさない道理はない。

医療費無償化の例としては、子供の医療以外にも生活保護の医療費全額扶助がある。生活保護に関しても、上記の論文ほど直接的な研究結果はないが、ゼロ価格効果がある可能性は高い。

生活保護費の約2分の1が医療扶助費であり約1兆7000億円である(令和2年)。そして、その医療扶助費の約5分の1が精神入院の費用である。逆に、精神科病院入院患者の約2割が生活保護受給者である。

臨床の精神科医として不要な受診があることを感じる

精神科医である筆者には、日々の診療そのものの非常に身近な問題である。臨床的な実感としても、医療費が無料であることによる過剰な医療が生じている可能性は感じざるをえない。生活保護を受けている精神疾患の患者では、薬の紛失や、生活の乱れによる入院希望が少なくない。もちろん生活保護受給者が全員そうだ、というわけではけっしてないが、その背景には医療費無料化によって安易に医療に依存してしまい、治療意欲の低下が生じている、と疑わざるをえないケースもある。これは多くの精神医療従事者に心当たりがあるだろう。

ただ、生活保護受給者にも医療費自己負担を求めると、余剰のお金がなくなり食べるのにも困ってしまうのでは、という懸念があるかもしれない。しかし、その心配には及ばない。一般に誤解されがちだが、多くの生活保護受給者は、食費を除いても1日1箱タバコを吸うぐらいの金銭的な余裕は十分にある。通院1回に200円、タバコ1箱以下の金額が払えないわけはない。

医療明細
撮影=プレジデントオンライン編集部