日本は登場すらしない、世界のAI研究リポート

シリコンバレーの状況に詳しく、最近出版された『テックジャイアントと地政学』の著者でもある京都大学経営管理大学院客員教授の山本康正さんは、こうした疑問や不安が渦巻く状況を、テクノロジーの進化の過程だと説明する。

山本さんは、違法動画や違法音楽が大量にアップロードされていた初期のYouTubeを例にとり、最初は混迷状態だったが、徐々に違法な音声や映像が削除される合理的な仕組みが出来上がったと指摘した。

「大規模言語モデルについても同様です。これから何らかの“落としどころ”が見えてくるはずです。アメリカはこうしたプロセスを得意としています。問題や訴訟がたくさん起こると思いますが、試行錯誤しながらルールを作っていくでしょう。日本は、最初から完璧な100%のものを求めてしまうので、この世にない新しいものを最初に生み出す『ファーストペンギン』になれない。また、よそで新しいものが生まれてもすぐに参入しないので、先行者利益も得られない可能性が高いですね」

AIの専門家による『State of AI Report 2022』(AIの現状リポート2022)によると、AIの分野では中国とアメリカがリードしているという。特に中国は2010年以降、アメリカの4.5倍ものAIに関する論文を発表しており、その数は、アメリカ、インド、イギリス、ドイツをすべて足したよりもはるかに多い。残念ながら日本は、このリポートには全く出てこない。

今からリードするのは不可能

山本さんは、日本が今からこの分野をリードすることは、不可能に近いと言い切る。

「日本はデータサイエンティストがいませんし、そもそもコンピューターサイエンスが弱い。ですから、結局は海外から来てもらうしかないのですが、この分野で博士課程を取り、アメリカのトップの大学でテニュア(終身在職権)を持っている日本人教授は、ほとんどいません。そもそもAIの分野の人材が少ないために、これだけ遅れが生じてしまったのだと思います」

では、遅れを取り戻すには、どうするべきなのか。

山本さんは、教育しかないと指摘する。そして優秀な日本人を、スタンフォード大学やハーバード大学などトップの大学に送り込み、本場の知識を学んでもらう。そこで教授になって知見を吸収してもらうべきだという。

「10代や20代前半の人たちにどんどん行ってほしい。海外のトップレベルの大学で勝負できる人を増やすにも時間はかかりますが、今からでもやらないと間に合いません」

AIがさらに進化し、一般に普及すれば、人間は雑務に追われるのではなく、人間にしかできない、より本質的な仕事に集中できるようになると山本さんは言う。そして、そういった本質を日本が追求できるか、できないかが、国にとっても分かれ道になるのではないかと話す。

「日本はいまだにファクスを使っているような、DX(デジタルトランスフォーメーション)が遅れた国です。みんなが変わればみんなが得をするのに、『ほかの会社が変えていないから』といって誰も変わらない、変われないという状態なんです。そうしているうちに海外は先に進み、日本はどんどん遅れていく。そして、日本の生産性は落ちていきます」

それを変えるためには、国や企業の意思決定層がもっとテクノロジーを学び、ビジネスへの活用を考えられるようになる必要があると山本さんは言う。

AI技術はこれからも着実に進化する。さまざまなリスクを抱えるAI技術が社会に浸透することへの怖さも感じるが、もっと怖いのは、こうした急速な進化に日本だけが取り残されてしまうことかもしれない。

大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員

上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。