節約意識が働くのは経済的な不安が大きいから

落ち着いた話しぶり。刑務所に入るまでは、品良く年齢を重ねてきた雰囲気が漂う。

この受刑者の場合、経済的には恵まれていて、「貧困」「困窮」ではなかったが、「節約」の意識が強かった。

女性は就労期間が短く、低賃金・低年金になりがちな反面、男性に比べて長生きだ。既に「老後」といえる状態にある者でも、「さらなる老後」における経済不安・生活不安は強く、できるだけ生活費を抑えたいという気持ちが湧いても不思議ではない。

また、この受刑者の話には「寂しい」という言葉が何度も登場した。心を許していた夫や、きょうだいに先立たれた影響も大きいと見える。

法務総合研究所の調査では、万引きの背景事情として「心身の問題」「近親者の病気・死去」が高齢女性では目立つと分析されている。

インタビューしたほかの高齢受刑者の中には、万引きの理由として、「胸のドキドキが忘れられなくて何回も万引きをした」(福島刑務支所、70代)と話す者もいた。「スリルを味わいたい」「ストレスを解消したい」という気持ちも、累犯者に共通しているようだ。

【図表1】起訴猶予率(罪名別、年齢層別)
出所=法務省「令和3年版犯罪白書」

なぜ野菜を盗むぐらいで刑務所に入れられるのか

ところで、盗んだものが野菜やおかずだと読んで、「そんな少額の万引きでも刑務所に入るのか」と疑問に思われた読者がいるかもしれない。

被害金額5000円未満程度で、その他の特別な要因がない場合、万引きをしていきなり刑務所行きになることはまずない。「微罪処分」といって、書類のみの処理として、警察が注意し、検察庁に報告して終わりになるのが普通だ。

猪熊律子『塀の中のおばあさん』(角川新書)
猪熊律子『塀の中のおばあさん』(角川新書)

しかし、微罪でも二度、三度と繰り返すと話は違ってくる。検察庁に送致され、検察段階では、起訴される前に「起訴猶予」という仕組みがあるが、それでも犯罪を続けていると起訴されて裁判になる。裁判段階でも「執行猶予」という仕組みがあるものの、万引きを続けていると実刑判決を受け、刑務所に来ることになる。

万引きをする高齢女性が刑務所に来るケースが増えている背景として、盗犯等防止法の「常習累犯窃盗罪」の存在を指摘する声もある。常習性のある窃盗者の刑を重くする規定で、過去10年以内に窃盗罪などで懲役6カ月以上を3回以上言い渡された場合、新たに窃盗罪に問われると、3年以上の有期懲役になる。

執行猶予の条件は懲役3年以下などのため、常習累犯窃盗罪になると実刑を免れにくくなる。このため、少額の窃盗を繰り返す累犯者が刑務所に長期間入る要因になっている。実際、この規定の適用により、「2円相当」の封筒を盗んだ罪で、3年の実刑判決を受けた60代の女性がいた。今回、インタビューの内容を紹介した受刑者は、この常習累犯窃盗罪に問われているのだ。

猪熊 律子(いのくま・りつこ)
読売新聞東京本社編集委員

1985年4月、読売新聞社入社。社会保障部長を経て2017年9月、編集委員に。専門は社会保障。1998~99年、フルブライト奨学生兼読売新聞社海外留学生としてアメリカに留学。スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム修了。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。著書に『#社会保障、はじめました。』(SCICUS)、『社会保障のグランドデザイン』(中央法規出版)、共著に『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)など。