焦りを見せる「グーグル帝国」

一方、テック業界のリーダーであるグーグルも、ChatGPTやBingに後れを取ってはならないと、新しい会話型AIの“Bard”を開発中だ。ビジネス・インサイダーによると、グーグルのサンダー・ピチャイCEOは2月15日、全社員に対し、このチャットボットの回答を改善するため、勤務中に2〜4時間の時間を割くよう依頼したという。

グーグルの社員に向けて書かれた指示書では、Bardには自分がよく知っている趣味などの話題について質問し、回答が良くないと思ったら、回答を書き換えて「修正」するよう記されていたという。

回答を修正する際は、丁寧でカジュアル、かつ親しみやすい表現にすることや、一人称を使い、中立的なトーンを保つことなどの指示もあった。ステレオタイプにしないことや、Bardを人間とみなして表現したり、感情を暗示したりしないなどが書かれていたようだ。

人とお金の流れを変える

グーグルがチャット型AIに力を入れ始めたのは、ChatGPTやBingが台頭し、従来の検索エンジンに取って代わるのではないかという危機感があるからだ。これは、ネット上の人の流れが変わることを意味する。そしてそれは、グーグルの広告収入ビジネスモデルにも影響を及ぼす可能性が高い。人々は、求める情報が載っている元のサイトに行かずとも、ある情報を手に入れることができるようになるからだ。

たとえば新聞やネット記事などのメディアに頼らずとも、AIのチャットボットが記事の概要を教えてくれるのであれば、わざわざオリジナルの記事まで行かない人も増えるだろう。当然、ネット記事が収入源としている、広告収入モデルも立ち行かなくなる。

きっと予期せぬことは、広告以外にもこれからたくさん出てくるだろう。

対話型AIに何を求めるのか

ChatGPTの方も使ってみたが、こちらは「なんでも答えてくれる優等生」のように感じた。たいていのことは教えてくれるし、提示してくれる答えもお行儀がいい。

一方、Bingのチャットボットは、教えてくれるだけでなく、質問もしてくるので恐ろしさを感じることもあった。予測不能な答えが返ってくることもあり、「AIが機械的に生成しているだけだ」と頭では理解しながらも、いつのまにか会話にのめり込んでしまっていた。

私たちは、これらのAIチャットボットに何を期待しているのだろうか。人間の代わりに調べものをして、効率よく美しい文章をまとめてくれるアシスタントなのか。淡々と情報を提示してくれる辞典なのか。それとも、寂しい時に会話を楽しむ友達や恋人のような存在なのか。

AIチャットボットは人間と対話すればするほど情報量が増え、学習して、より“賢く”なっていくだろう。明らかに、今までの検索とは次元が違うものになる。

あまりにも巧みな会話をするチャットボットの出現は、私たちに機械と話をしている感覚を失わせ、将来、人間のメンタルに影響を及ぼすようになるのではないかと危惧するのは、考えすぎだろうか。

高度なAIが人間の生活に入り込んできたときに何が起こるかは、まだまだ未知数だ。そんなことを考えると、これからやってくる未来が楽しみでもあり、少し怖い気もしている。

大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員

上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。