ビジネスシーンでもマスクの副作用はある?

さて、以上の結果はチェスの場合にマスクの着用がパフォーマンスを下げることを明らかにしたに過ぎないが、より一般的な仕事の上でもマスクの着用は有害なのだろうか。少なくともチェスの試合の解析結果から判断すると、マスクの副作用は知的に高度な作業を行う場合に大きいと言えそうだ。

チェスと多くの仕事は異なるが、チェスに近い仕事であればマスクの着用は有害である可能性は高いだろう。例えば、コンピュータープログラミングのような仕事をする際にはマスクは外したほうが集中できるだろうし、そもそも黙々と集中して作業しているだけであれば、マスク着用の意義は感染対策の観点からも低い。漫然と着用を続けるのではなく、むしろ業務効率の観点から作業中に外すよう求めていくことは会社の利益にもつながるだろう。

より会話の要素の強い会議などはどうだろうか。マスクを外したほうがパフォーマンスが上がるのだろうか? これについては、チェスのゲームの分析から得られる示唆は多くないかもしれないが、着用後4時間を超えるとマスクの有無でパフォーマンスに差がないことが示されていることは示唆深い。近い将来、会社までマスクなしで来て、社内では屋内のためにマスクを着用するという企業慣行となった場合には、「着用後すぐの会議」よりもある程度着用に慣れてきてからのほうが良いのかもしれない。

個人的にはなるべくマスクを着用しないようにして1年ほどたつが、大事な会議などで突然マスクを着用すると、マスクに慣れなかった2020年4月ごろの喋りにくさを再び感じるようになっている。常時着用で「マスク慣れ」していた2021年にはまったく感じなかった感覚だ。

マスクを着用したままオフィスで働く人々
写真=iStock.com/Prostock-Studio
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仕事の楽しさや幸福が創造性に直結する

こういったマスクとパフォーマンスの関係に関する直接的なエビデンスの他に重視したいのが、仕事の楽しさや幸福感といった要素だ。チェスのゲームの解析はあくまでマスク着用の短期的効果を測定しているものであり、企業において長期的に着用を続ける慣行を続けた場合の効果とは異なる。

特に、マスクの着用は感染対策として続けられている一方で、長時間マスクしたままの業務自体がしんどいといった声もあり、会社や業務の楽しさにも影響しているのではないかと考えられる。多くの研究で従業員の幸福感や仕事を楽しいと思う気持ちは創造性や労働生産性に直結していることが知られていることから(例えばOswald et al. 2015)、マスクがそうしたチャネルを通して企業業績に見えにくい形で負の影響を与えることはあるのではないだろうか。

創造性のあるイノベーションを生み出せるかどうかが企業業績を左右する時代になっている中で、四六時中着用を続ける社会慣行が企業にとって足かせになっていないか具体的な検証も必要だろう。