利益と力の体系が複雑に絡み合う世界情勢

「グレート・ゲーム」での討論から、この戦争の直接的な当事者ではない私たちは何を読み取ればよいのか。

ウクライナ戦争が可視化したのは、グローバル化の進展で各国の利益と力の体系が複雑に絡み合っていることだ。たとえ対立的関係にある国同士であってもすべての取り引きを簡単に解消できるものではなく、同時に、同盟関係にある国同士でも完全に利害が一致するわけではない。そのことが近未来に国際秩序の変更が起きる可能性を示している。

あるいは、レシェトニコフ氏が「米国が孤立」することを指摘したように、自由民主主義を「普遍の価値」とする西側社会における自己認識が崩壊する可能性を示している。

地図で表したロシアのウクライナへの軍事侵攻
写真=iStock.com/mammuth
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ウクライナ情勢は多面的に見ることが必要

「グレート・ゲーム」がクレムリンの宣伝だとしても、「価値の体系」が肥大化した日本のマスメディアの情報に染まった頭に、新たな視点を与えてくれる。

佐藤優『よみがえる戦略的思考 ウクライナ戦争で見る「動的体系」』(朝日新書)
佐藤優『よみがえる戦略的思考 ウクライナ戦争で見る「動的体系」』(朝日新書)

かつて日本は、太平洋戦争に突入すると英語を敵性語として排除する傾向を一層強めた。英語教育そのものは廃止されなかったが、アメリカが日本の内在論理を研究し、その成果を『菊と刀』(ルース・ベネディクト)として発表した。また、沖縄戦の前に、その後の沖縄統治を見据えた『琉球列島に関する民事ハンドブック』を作成したようには、敵国研究を行っていなかった。

それと同様の構造が、ウクライナ戦争でも起きている。とりわけマスメディアがロシアから発信される情報をまじめに分析しようとしていない。私たちは価値観の肥大化を警戒すべきだと思う。

なぜならば、肥大した価値観のためにおびただしい犠牲者を出した太平洋戦争を経験しているからだ。

そして、未来において私たちが紛争や戦争の当事者にならないとも限らない。そのときに道を誤らないためにも、ウクライナ情勢を価値に流されず、多面的に見るよう努めるべきと思う。

佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。