バブル崩壊後の1990~2000年代が就職活動の時期に重なり、不本意な働き方を余儀なくされるケースが多い就職氷河期世代。国は、この世代の活躍を後押ししようと多様な支援を打ち出している。一方、就職氷河期世代の人材を活用し、社業の成長につなげている企業がある。この世代の活躍を促す秘訣を探るため、奈良県に本社を置く「一ノ坪製作所」を訪れた。

面接で感じた、就職氷河期世代の「決意」

奈良県西部の香芝かしば市に本社を置く一ノ坪製作所は、1958年の創業以来、スチール製品のOEM製造(相手先ブランド名の受託製造)を⼿がける企業だ。2008年に一ノ坪英二さんが社長に就任してからは、ディスプレイスタンドなど、技術力・デザイン力を活かした自社製品も手がけ、業績を伸ばしてきた。

同社が就職氷河期世代の採用を始めた経緯について、総務マネージャーの仲西成年さんが振り返る。

「正直、『就職氷河期世代の方を採用したい』という特別な思いがあったわけではないんです。会社の業績が好調な中、新卒採用に力を入れていたのですが、当社が期待する人材がなかなか集まらないという悩みがありました。そこで、5年ほど前から、ハローワークや求人サイトを通じた中途採用にも、注力するようになりました。そして、3年前に中途採用を募集したところ、ありがたいことに優秀な人たちから応募があり、即戦力として期待できる人材を8名採用しました」

採用時に「就職氷河期世代」との認識はなく、あくまで人物本位で採用を決めたという仲西さん。ただ、選考の過程で「この世代の人材には、他の世代にはない特徴がある」と強く感じていた。

「当社では、応募してきた人たちに、まず製造現場を見てもらい、仕事の内容を理解してもらったうえで適性検査や面接を行うのですが、この世代の人たちは、現場見学の時点から、熱心にメモをとったり、現場スタッフに積極的に質問したりするなど、仕事に対する前向きな姿勢が感じられました。また、面接の際に、家族の話や、これまでの就業経験について聞く中でも、『これが最後のチャンスだ』という切実な思いと同時に、『自分が活躍することで、この会社に貢献したい』という強い決意を感じました」(仲西さん)

一ノ坪英二さん
いちのつぼ・えいじ/株式会社 一ノ坪製作所 代表取締役社長

現場見学、適性検査、面接を経て仮採用が決まると、応募者は3カ月間の試用期間に入る。最終的には社長の判断で正式採用が決まるわけだが、一ノ坪社長の判断基準は、実にシンプルだ。

「試用期間中に、私から工場長をはじめ、周囲の従業員に『この人と一緒に働きたいですか』と尋ね、彼らが『はい』と言えば採用になります」

つまり、共に働く従業員たちが、その人を仲間として認めるかどうかが判断基準ということだ。そのうえで、一ノ坪社長は就職氷河期世代の「学ぶ姿勢」や「向上心」に注目している。

「わが社の経営理念に、『全従業員のお互いの成長と物心両面の幸福の追求』とあるのですが、特に『お互いの成長』という部分を大切にしています。人間は、年齢にかかわらず絶対に成長できるはずです。ですから、お互いに高め合える関係であることが何より大事だと考えています。その意味で、成長意欲の高い就職氷河期世代には、当社との相性が良い人が多いのではないでしょうか」

周囲の状況を察知して気遣い、行動する

3年前に採用された就職氷河期世代の社員は8名。その全員が、現在も一ノ坪製作所で活躍している。離職率が低いことも、この世代の特長だ。

「当社では、少し前まで転職してきた若手は、残念ながら仕事の楽しさが分かるまでに辞めてしまう人がいました。その点、希望通りとはいえない就労環境の中でがんばってきた人が多い就職氷河期世代には、辛抱強く物事に取り組む人が多いと感じます」(仲西さん)

一ノ坪社長も、頷きながらこう続ける。

「『忍耐力』があるんですね。当社の製造現場では以前、未経験の社員に手取り足取り教えるというよりは、いきなり『さぁ、やってごらん』というような指導になっていました。若い社員の中には、その指導方法に合わず辞めていってしまう人もいたのですが、就職氷河期世代の社員たちは、つらい経験も含め、さまざまな経験を積んでいるので、仕事においてポイントを見極めながら、自分なりのやり方を見つけるのが上手です」

自分の思い通りにいかない経験を数多く重ねてきた就職氷河期世代は、周囲の状況を察知して周りの人を気遣い、行動できる人が多い。

「当社では始業前のラジオ体操は自由参加で、中には遅れてきて、惰性で体操をしている人もいるんです。そんな状況を見かねて、仲間の健康、安全を思った就職氷河期世代の社員が自らリーダーをつとめて『全力ラジオ体操』(全力でやるラジオ体操)にレベルアップさせてくれました。冗談を交えながら音楽を変えてみたり、マンネリ化しないように盛り上げてくれています。面接の時は、ちょっとイカツイ印象だったのですが(笑)、笑顔がチャーミングで、今では社内のムードメーカー的存在です。この世代は彼のようにグループの中で『自分の役割』を見つけ、その役割を確立していく人が多いと感じています」(仲西さん)

写真提供=一ノ坪製作所
(左)一ノ坪製作所恒例の「全力ラジオ体操」。3年前に採用した就職氷河期世代の社員(愛称はマイク・タイソンさん)が自発的にリーダーとなり、ムードメーカーとして引っ張る。(右)「グランドイチオシ君」として社内表彰されたタイソンさん。

一ノ坪製作所では、自分の得意技を活かして周囲のため、会社のために仕事をする社員が多い。すべての社員に「出番」があり、たとえ業務以外のことであっても会社がそれを評価する気風がある。やってみたいことにチャレンジでき、それが「楽しさ」に繋がっている。それこそが、就職氷河期世代の社員たちがリタイアすることなく長く定着し、活躍している一因だ。

「社風をつくるのは社長の仕事です。弊社は本社工場と三重工場にそれぞれ50人の従業員がいて、外国籍のスタッフも多いですから、共に働く仲間の顔と名前を覚えるだけでもひと苦労なんです。そこで、従業員同士のコミュニケーションツールとして、すべての従業員にスマートフォンを支給しています。連絡手段以外に、SNSが得意な若手女性社員が、周りの社員の素顔を撮影してショート動画で配信してくれたりして、新しい発見や気づきから、年代や部門を超えた交流も多く生まれました。こうした活発な社内コミュニケーションを通じて、すべての世代が垣根なく交流できることが、会社の成長には不可欠なんです。その意味で、自発的にリーダーシップを発揮し、若い世代の成長を促してくれる就職氷河期世代の存在を、たいへん心強く感じています。今後は会社の中核を担うメンバーとして、ますます活躍してほしいですね」(一ノ坪社長)

就職氷河期世代に期待していること

3年前に採用された就職氷河期世代の社員たちは、今後、一ノ坪製作所の中核を担うべき存在となる。一ノ坪社長は、彼らをはじめとした従業員に、さらなる成長を期待している。

「失敗を恐れずに挑戦すること。『就職氷河期世代は、現在の自分に対する評価が低い』という話も聞きますが、失敗を恐れて、受け身の姿勢でいたのでは成長はありません。仕事をするうえで最も大切なのは、『こんなんしたらアホや思われるかな』ではなく、『これやりたい!』『これ教えて!』という前向きな気持ちなんです。私たち製造業は、機械を使ってモノをつくっていますが、それを動かしているのは人間。従業員一人ひとりの成長が会社の成長を支えているんです。成長のスピードは人それぞれですが、成長しようとする意欲こそが大事です。特に就職氷河期世代の人たちには、失敗を恐れず挑戦する気持ちを持ち続けてもらいたいですね。仮に失敗しても、そこから学び何度でも挑戦する、そんな姿勢はきっと若手にも広がり、会社全体の活力につながると信じています」

従業員一人ひとりの成長を促し、会社の持続的な成長を目指そうと、一ノ坪製作所では、新たな試みをスタートした。それが、2021年10月に発足した「未来ミーティング10」だ。

「研究開発部の部長をリーダーに、就職氷河期世代をはじめ、多様な年齢や役職のメンバーに集まってもらい、10年後の会社のビジョンづくりをしています。毎回、『私たちが目指すNo.1』『私たちの働き方』などのテーマで意見を出し合い、ミーティングの最後には具体的行動に落とし込んでもらっているのですが、通底しているのは『自分たちの未来を信じて、何かに挑戦していこう』という姿勢です。自分一人では到底できないことも、仲間と一緒やったらできるかもしれへん……そんな企業風土を、彼ら自身の力で築いていってほしいです」(一ノ坪社長)

就職氷河期世代は、ベテランと若手の間に入って議論を活発にする潤滑油になり、貴重な存在だという。従業員一人ひとりの特性を見極め、世代を超えたコミュニケーションを促す仕組みづくり。そして、失敗を恐れず挑戦する姿勢を互いにたたえ合うことのできる仲間の存在……一ノ坪製作所の取り組みから、就職氷河期世代の活躍のヒントが見えてきた。