アンチエイジングに潜む危険

個人差はあるが、「定年後」に、加齢に伴う体の衰えを受け入れられず、健康維持・増進目的を超えた治療や、過度な若返りのための薬の服用などを行うケースが少なくない。

QOL(生活の質)を重視した医療の進展とともに、心身のつらさを我慢せずに訴え、治療を受ける男性が増えていることは好ましいことだ。問題なのは、心身の不調を改善する治療ではなく、限度を超えたアンチエイジングである。これは薬の副作用など、健康に害を及ぼす危険性のある重大な問題だ。

事例で紹介した田中さんも当初は不眠や抑うつ症状、倦怠感などの心身症状を治すことが目的だったが、男性更年期障害の治療を受けて治ったにもかかわらず、性機能回復への欲望が過剰に高まってしまった。過度なアンチエイジングが、本来あるべき定年後の暮らしを壊してしまった事例といえる。

病名がついたことで、原因も治療法もわからず思い煩っていた人が安堵した半面、回復した人、また疾病ではない人までが治療を受けているケースがあることも取材を通して目の当たりにした。
加齢に伴う心身や性機能に関する何らかの症状があっても、疾病の診断には至らない場合もある。適切な診断と治療が求められるのは言うまでもないが、受診する側も自ら診断・治療を求めて「病人」になろうとしない心構えが必要だ。

さらに、医学的エビデンスに乏しく、商業主義的な要素も色濃い、中高年男性のアンチエイジングブームが、男たちの眠っていた欲望を呼び覚ました面も見逃せないだろう。

奥田 祥子(おくだ・しょうこ)
近畿大学教授、ジャーナリスト

京都府生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。元読売新聞記者。日本文藝家協会会員。専門は労働・福祉政策、ジェンダー論、医療社会学。2000年代初頭から社会構造を問うべき問題として男性の生きづらさを追うほか、職場のハラスメントや介護離職問題、シニア人材戦力化の課題、労働問題の医療化等を研究。最長で20数年にわたり、同じ取材対象者に継続的にインタビューを行う。主な著書にベストセラーとなった『等身大の定年後』(光文社新書)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社新書)、『男性漂流』(講談社+α新書)などがある。近著に『抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体』(朝日新書)。