アンチエイジングに潜む危険
個人差はあるが、「定年後」に、加齢に伴う体の衰えを受け入れられず、健康維持・増進目的を超えた治療や、過度な若返りのための薬の服用などを行うケースが少なくない。
QOL(生活の質)を重視した医療の進展とともに、心身のつらさを我慢せずに訴え、治療を受ける男性が増えていることは好ましいことだ。問題なのは、心身の不調を改善する治療ではなく、限度を超えたアンチエイジングである。これは薬の副作用など、健康に害を及ぼす危険性のある重大な問題だ。
事例で紹介した田中さんも当初は不眠や抑うつ症状、倦怠感などの心身症状を治すことが目的だったが、男性更年期障害の治療を受けて治ったにもかかわらず、性機能回復への欲望が過剰に高まってしまった。過度なアンチエイジングが、本来あるべき定年後の暮らしを壊してしまった事例といえる。
病名がついたことで、原因も治療法もわからず思い煩っていた人が安堵した半面、回復した人、また疾病ではない人までが治療を受けているケースがあることも取材を通して目の当たりにした。
加齢に伴う心身や性機能に関する何らかの症状があっても、疾病の診断には至らない場合もある。適切な診断と治療が求められるのは言うまでもないが、受診する側も自ら診断・治療を求めて「病人」になろうとしない心構えが必要だ。
さらに、医学的エビデンスに乏しく、商業主義的な要素も色濃い、中高年男性のアンチエイジングブームが、男たちの眠っていた欲望を呼び覚ました面も見逃せないだろう。
京都生まれ。1994年、米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。ジャーナリスト。博士(政策・メディア)。日本文藝家協会会員。専門はジェンダー論、労働・福祉政策、メディア論。新聞記者時代から独自に取材、調査研究を始め、2017年から現職。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。著書に『捨てられる男たち』(SB新書)、『社会的うつ うつ病休職者はなぜ増加しているのか』(晃洋書房)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社新書)、『男が心配』(PHP新書)、『シン・男がつらいよ』(朝日新書)、『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社新書)などがある。