「いくつになっても男として強く元気で活躍したい」という呪縛にとらわれ、思わぬ落とし穴にはまってしまう男性もいる。近畿大学教授の奥田祥子さんは「ある男性は、45歳で男性更年期の治療を受けたことをきっかけに、性機能回復への欲望が過剰に高まってしまった。加齢に伴う体の衰えを受け入れられず、過度なアンチエイジングに走った結果、定年後の暮らしを壊してしまった」という――。(第2回/全3回)

※本稿は、奥田祥子『男が心配』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

暗い部屋で絶望しているシニア男性
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不眠や抑うつ、倦怠感…症状が重くなり不安に

「生涯現役」を目指して、加齢に抗った結果、夫婦関係に予想だにしなかった禍を招いてしまったケースもある。

田中茂さん(仮名)に初めて会ったのは2002年、疾病概念として指摘され始めた「男性更年期障害」の患者としてインタビューに協力してもらった時だった。

当時45歳で、不動産販売会社の人事課長を務めていた。景気低迷による経営悪化で大幅な人員削減を行うようにという命令が経営陣から下り、2年にわたって退職勧奨や整理解雇などリストラの指揮を執ったことが引き金となり、不眠や抑うつ、倦怠感、関節の痛みなどに悩まされていた。

当初は極力考え過ぎないようにしていたが、日に日に症状は重くなり、何事にも集中できずに無気力感に苛まれるかと思えば、急に焦燥感が募るなど、職務に支障をきたすようになる。最初に症状を自覚してから3カ月が過ぎた頃、かかりつけの内科クリニックを受診したが、医師に「単なる疲労ですから、体を休めれば治ります」と言われて、睡眠導入剤を2週間分、処方されただけだった。ところが症状は治まるどころか、悪化する一方で、今度は神経内科や脳神経外科を受診してみたものの、いずれの医師の診断も「異常なし」で、次第に不安に見舞われるようになる。

「男性更年期」とわかってほっとした

そうして、ある大学病院の泌尿器科に設けられて間もない「男性更年期外来」にたどり着いたのだ。男性更年期障害を取材し始めた当初は、なかなかインタビューに協力してくれる男性を見つけることができなかったのだが、田中さんが同外来を受診するきっかけが、筆者がニュース雑誌に書いた特集記事であったことから、快く応じてくれたのだった。

「もしかしたら不治の病にかかっているんじゃないかと、本当に思い悩んだんです。それでさらに眠れなくなって、翌日の仕事が思うようにはかどらず、単純ミスを繰り返したりして、悪循環で……。雑誌の記事を読んで思い当たる節があったので、受診したんです。男性ホルモンの低下による男性更年期障害と診断されて……つまり、特定の病気なんだから、治療すれば治るんだということがわかって、ほっとしました。正直、男性更年期と名称のついた外来を受診するのは恥ずかしかったし、しばらく迷ったんです。でも、勇気を振り絞って受診して、本当によかったです。まあ、妻には内緒ですけどね」

初めは少し緊張した様子で控えめに小声で説明していたのだが、徐々にはっきりとした口調で話し、安堵した表情を見せたのがとても印象的だった。

「男だから我慢」はもう古い

男性更年期障害は、1990年代後半から泌尿器科医師らを中心に議論され始めた。2007年には疾患名「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)」として診療ガイドラインが作成され、09年からホルモン補充療法(※1)が公的医療保険適用の対象となっている。男性ホルモンも20歳代をピークに加齢とともに低下し、個人差はあるものの、心身の不調や性機能低下の症状が現れることがあるという。

田中さんは最初のインタビュー時は、男性更年期外来で男性ホルモンのテストステロンを筋肉注射するホルモン補充療法を受けて2カ月近く経た頃で、少しずつ症状が改善していると話していた。

そして、治療開始から半年ほどで精神的、身体的症状は回復した。

「実は、男なんだから多少の心身の不調は我慢しないといけない、と自分に言い聞かせていたんですが、そんなのはもう古いですよね。今の時代、医療も進んでいるんだから、つらければつらいと訴えて、治療を受けたらいいのだと、考え直すきっかけにもなりました。症状がどんどん悪くなって、何の病気かもわからない時期は精神的にもまいりましたけれど、これから後半の人生を思うと、いい経験だったのかもしれませんね」

田中さんは通院治療の終了を前に、そう振り返った。

これで彼への男性更年期をテーマにしたインタビューは、いったん終了するはずだった。

だが、その後、思いもよらない展開を迎えることになる。

医者が患者に検査結果を基に説明している
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更年期再発か、もっと深い問題か

筆者独自の継続取材ではテーマを固定して行っているわけではないため、田中さんにはその後、企業のリストラ策や成果主義人事制度など、中年管理職が直面する職場の問題について取材に協力してもらっていた。この間、男性更年期障害の症状は治まっていると、彼は話していた。

ところが最初のインタビューから5年近く過ぎた07年、当時50歳の彼の口から突如として、「性機能を回復する薬」という言葉が出るのだ。取材テーマはパワーハラスメント(パワハラ)で、今ほど社会に浸透していなかったパワハラ問題に人事部次長としてどう対策を図っているのかを聞いていた時の、ふとした発話の切れ目で現れた言葉だった。積極的に意図した発言ではなく、かといって、どうしても自分一人の胸に収めることができずに、といった様子だった。

「管理職ポストも上がっていくほど責任は重くなりますし、ストレスも増えて大変なんですよ。でも……そのー、性機能を回復する薬を処方してもらうようになってから……大変な仕事も頑張って乗り越えられるようになったというか……」
「えっ、また更年期の症状が再発したのですか?」
「まあー……再発、うーん……そのー、何というか……」

自分から口にしておきながら、歯切れが悪い。

(※1)ホルモン補充療法は、前立腺がんや睡眠時無呼吸症候群を患っている場合は行えないほか、前立腺肥大症患者も避ける場合が多い。副作用として前立腺への影響のほか、多血症や肝機能障害などが指摘されている。

薬のおかげで男としての自信が回復

当初の更年期をテーマにした取材で、田中さんから性機能障害があることは聞いていなかったが、男性更年期障害では先に述べた通り、性機能の低下も現れることがあるとされている。この時点では、更年期の再発としか思い浮かばなかったのだ。だが、彼の表情からして、もっと深い男の性の問題があるように思えてならなかった。

ここは思い切って尋ねてみるしかない。

「大変失礼なのですが……それは、ED(勃起不全)の治療薬(※2)を処方してもらっているということなのでしょうか?」

真実に迫るためとはいえ、質問しながら少し気恥ずかしい気持ちになったのも事実だ。それ以上に、もし間違っていたら、彼の自尊心を傷つけかねない。普段は相手の表情をきめ細かに観察するシーンなのだが、やや伏し目がちに尋ね、手持ち無沙汰にメモをとっていたためか、当時の取材ノートには「更年期?」「ED?」などと、クエスチョンマークがやたらと多く記されている。

「すみません、黙っていたんですが……気分の沈みとかイライラ、不眠、それから体の節々の痛みとか、心と体の調子はもう治ったんですが……そのー、低下した下半身の機能が気になって……。いや、前は心身の症状が治まっただけでよかったんですけど……だんだんそれだけでは満足できなくなって、何とかしたいという気持ちをどうしても抑えられなくて、久しぶりに更年期外来を受診して先生に相談したんです。それで……そのー、さっき質問に出たED治療薬を半年ほど前から出してもらうようになりましてね。薬の効き目はすごいんですよ! 男としての自信が回復して、気持ちも前向きになれたんです」

この時の田中さんのテンションが異常なほど高かったことに違和感を覚えたのを、今も鮮明に覚えている。彼の語りをそのまま文字に起こしてみると、言いにくそうに話しているように見えるかもしれないが、実際には言いよどむというよりは、もったいぶっているような物言いだった。

無論、医師ではない筆者が疾病かどうかの判断を下すことはできないが、田中さんの場合は再発した男性更年期障害の治療ではなく、もともと加齢によって低下しつつあった性機能を薬の力で回復させようとしているようだった。

8年かかって聞いた真相

つらい心身の症状の改善、健康維持という目的を超え、性機能を回復させることに必死になっていたことを本人の口から聞くには、さらに8年もの歳月を待たなければならなかった。

この間、面会取材は仕事の慌ただしさや体調不良を理由に断られ続け、電話やメールで定期的に近況を聞いていた。

最も気になったのが、ED治療薬の服用に伴う副作用だったのだが、それとなく質問してみても、「副作用なんて、ないですよ」「もう使っていませんから」などと一貫しない返答ではぐらかされていた。ただインタビューを何とか断続的にでも行えていたのが幸いで、いつか事の真相に近づけるのではないかと期待していた。

(※2)男性更年期障害でのED治療薬の処方は、公的医療保険の適用外。ちなみに22年4月から、不妊治療目的に限り、ED治療薬が一定の条件のもと保険適用の対象になった。

浮気がばれ、妻と別居

そうして15年、部長まで務めて役職定年を迎えた58歳の田中さんは、ようやく沈痛な面持ちで打ち明けてくれたのだ。そこには予想していなかった展開が含まれていた。

「年齢とともに、またストレスの多い管理職の重責を担うにつれて……そのー、弱くなってほとんど使いものにならなくなっていた性機能の回復に対して、過剰にこだわるようになってしまっていたんです。実際には、ED治療薬の効き目に驚き、うれしい気持ちでいっぱいだったのは使い始めて半年ほどだけで、その後は、使っても前回のように効き目がなかったらどうしようかなどと、不安がつきまとって、胸がドキドキしてきて……。もしかすると、動悸や頭痛は副作用だったのかもしれませんね。断続的に使用し、長い時で1年近く飲んでいなかったこともあったんです。でも……やはり、完全にはやめられなくて……。それで、そのー、妻にばれてしまって……別居して、もう2年になります」

最後のフレーズまで聞き終え、即座に、田中さんの身に起きた出来事についてうまくストーリーを描くことができなかった。2、3秒頭を整理し、考えが及ばずに見落としていたことに、はたと気づく。

「それはつまり……」

ED治療薬が招いた家庭崩壊

「そ、そうなんです。妻とは更年期の症状が出るずっと前から、そのー、夜のほうはなくなっていたので……風俗のお店で、薬の力を借りて元気に戻った性機能を試す相手をしてもらっていたんですが……えーと、あのー、5、6年前から、若い女性に走ってしまいまして……。家庭が壊れるときは早いものですね……」

奥田祥子『男が心配』(PHP新書)
奥田祥子『男が心配』(PHP新書)

職場の派遣スタッフの20歳代の女性との浮気が妻にばれ、妻は激しく怒り狂ったその日のうちにキャリーバッグに荷物を詰めて自宅を出ていったのだという。大学生の一人息子は離れて暮らしており、一人ではあり余る広い家にポツンと取り残された。その際の様子が脳裏によみがえったのか、田中さんは、取材場所の貸し談話室のテーブルに両手の肘をついて頭を抱えた。

妻が家を出ていってから、依存状態に陥っていたED治療薬の服用をきっぱりとやめ、女性とも別れた。そして、妻に戻ってきてもらえるよう謝罪を重ね、悔い改める旨を伝え続けたが、努力の甲斐もなく、このインタビューから2年後の17年、定年退職の1カ月後、妻から離婚届を突きつけられた。

妻との関係修復に時間を費やすため、定年後の継続雇用を選ばなかった。あと数年は働きたいと思っているが、転職は困難を極め、22年冬に65歳になる今も、無職で自宅に引きこもる生活が続いている。

「女性にはわからないでしょうが、性機能は男の証しで、とても重要なんです。でも、年を取ることに抗って、若い頃に戻るなんて到底、無理なことなんですね。そう気づいた時は後の祭りでした」

覇気を感じられないその姿は、実年齢よりはるかに年老いて見えた。

アンチエイジングに潜む危険

個人差はあるが、「定年後」に、加齢に伴う体の衰えを受け入れられず、健康維持・増進目的を超えた治療や、過度な若返りのための薬の服用などを行うケースが少なくない。

QOL(生活の質)を重視した医療の進展とともに、心身のつらさを我慢せずに訴え、治療を受ける男性が増えていることは好ましいことだ。問題なのは、心身の不調を改善する治療ではなく、限度を超えたアンチエイジングである。これは薬の副作用など、健康に害を及ぼす危険性のある重大な問題だ。

事例で紹介した田中さんも当初は不眠や抑うつ症状、倦怠感などの心身症状を治すことが目的だったが、男性更年期障害の治療を受けて治ったにもかかわらず、性機能回復への欲望が過剰に高まってしまった。過度なアンチエイジングが、本来あるべき定年後の暮らしを壊してしまった事例といえる。

病名がついたことで、原因も治療法もわからず思い煩っていた人が安堵した半面、回復した人、また疾病ではない人までが治療を受けているケースがあることも取材を通して目の当たりにした。
加齢に伴う心身や性機能に関する何らかの症状があっても、疾病の診断には至らない場合もある。適切な診断と治療が求められるのは言うまでもないが、受診する側も自ら診断・治療を求めて「病人」になろうとしない心構えが必要だ。

さらに、医学的エビデンスに乏しく、商業主義的な要素も色濃い、中高年男性のアンチエイジングブームが、男たちの眠っていた欲望を呼び覚ました面も見逃せないだろう。