ビオンテック設立の理由

なぜ、会社を設立したのか。

そこには学術界における「死の谷」の存在があった。「大学病院で研究を続けていた私たちが、がんの治療薬を作る研究成果をあげても、その成果を使って薬を作ってくれる企業がなければ、患者のいる病床に届けることができなかった。それが会社を立ち上げる動機となった」とサヒン氏はインタビューで語っている(2020年12月3日THE WALL STREET JOURNAL 日本版ウェブサイト)。

その後、がんの治療法の研究を、抗体療法からmRNAを用いる方法にも広げるために創業したのがビオンテックである。

ドイツのマインツに本拠を置くビオンテック社
写真=iStock.com/U. J. Alexander
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ビオンテックでmRNAワクチンの実現化へ

2013年7月、カリコ氏の講演を聞きに来ていたサヒン氏は、カリコ氏に声をかけた。

「私たちが開発した、改良型mRNAがサヒン氏の会社で使えるのではないかと、興味をもってくれたのです。彼は、その場で私に仕事のオファーをしてくれました。私もOKと即答しました」(カリコ氏)

同年、ビオンテックのバイス・プレジデント(副社長)に就任したカリコ氏。ペンシルベニア大学で一緒に研究をしてきた村松氏とともに、ドイツへ渡り、ビオンテックで研究を続けることを決意する。

製薬ベンチャー企業のCEOの多くは、研究者ではなく単に経営者ということが多いが、ビオンテックCEOのサヒン氏は科学者。しかも、財務、セールス部門の責任者も含め、取締役は全員科学者だという。科学の視点に重きを置き、だからこそ、誰もやったことがない新しいことに次々と挑戦していくビオンテックの姿勢にカリコ氏も納得し、やりがいを感じてきた。これまでの大学での環境から考えると、雲泥の差だ。ここでカリコ氏は、サヒン氏はじめ仲間たちと一緒に、がん治療のワクチンや、ジカウイルス、インフルエンザウイルスのワクチン開発にすでに着手していた。mRNAの技術を使ったワクチンは壊れやすくて不安定だったが、脂質の膜で覆うことで不安定さを克服することにも成功した。