トランプ就任前から分断の火種はあった

民主党がトランプ批判でよく使うフレーズが「トランプはアメリカを分断した」です。確かにトランプ政権の発足後、アメリカ社会では随所に分断が見られました。共和党と民主党、保守とリベラル、富裕層と貧困層、プアホワイトと不法移民、アメリカと中国、アメリカとイスラム教国、アメリカと同盟国、その他、人種差別、性差別、環境問題、貿易面における他国との協調……、数え上げればキリがありません。

トランプ氏の政治手法は、アメリカ社会のほころびに火を点け、敵味方の構図をつくってtwitterとFOXニュースであおり、これまで都市部のエリート層には届かなかったアメリカの膨大な「声なき声」にガソリンを投下して、燃え上がった怒りのエネルギーを味方につけ、支持を拡大させるというものでした。そういうことを、計算ではなく直感的にできる彼は、間違いなく「天才的なポピュリスト」でした(これは皮肉ではなく本気でそう思っています)。

しかし、もしそうであるならば、アメリカ社会を分断したのはトランプ氏ではないということにもなります。なぜなら彼が火を点けて、あおったということは、裏を返せば彼が大統領に就任した2017年当時には、すでにアメリカ社会に「分断の火種」がくすぶっていたことを意味するからです。

ドナルド・トランプ
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ついに国民がNOを突きつけた2020年の大統領選

実際にアメリカ分断の火種は、トランプ氏よりも、むしろ過去の民主党政権の時代に拡大してしまったものだと、私は考えています。以前、アメリカのリベラルと保守についてお話ししましたが、両者の違いは「都市部のエリートが抱く理想と、地方が引き受ける現実」という言葉で説明できる部分もあります。

たとえばマイノリティとの共生については、都市部しか知らない頭でっかちのリベラルエリートは、ついつい多様性を「理想視」して間口を広げ、彼らをどんどん受け入れたという成果だけに酔いがちです。しかし地方は、その寛大に受け入れた「現実部分」のツケを払わされ、マイノリティによる雇用の圧迫という厳しい現実にさらされます。しかも本来なら、そういう貧困層を助けるのもリベラルの役割なのに、彼らの理想主義的な視線は人種的マイノリティにばかり向いて、プアホワイト(白人貧困層)には向きません。これが、リベラルがつくり出したアメリカ社会の分断です。

そしてトランプ氏は、結果的にリベラルによって見捨てられた人々(プアホワイト)を味方につけ、分断の構図を彼らにもわかりやすい言葉で情報発信し、「リベラルから取り残された弱者」に肩入れして大統領になったのです。

しかし、そんなトランプ氏も2020年の大統領選では、大方の予想に反し、敗れてしまいました。大きな原因は「新型コロナ問題への対応のまずさ」と「アメリカ社会の分断を進めすぎた」ことにあったといわれています。

次回はアメリカ国民が、そのトランプ政権にNOを突きつけて生まれた「バイデン政権」について考えてみたいと思います。

蔭山 克秀(かげやま・かつひで)
代々木ゼミナール公民科講師

「現代社会」「政治・経済」「倫理」を指導。3科目のすべての授業が「代ゼミサテライン(衛星放送授業)」として全国に配信。日常生活にまで落とし込んだ解説のおもしろさで人気。『経済学の名著50冊が1冊でざっと学べる』(KADOKAWA)など著書多数。