入学試験の選択科目に「国語」を加えた背景とは

相手の話を正確に理解し、こちらの考えをより正しく伝えられるように──。医学部、歯学部、薬学部、保健医療学部からなる昭和大学では、独自の取り組みでコミュニケーション能力の育成にも力を注いでいる。同学の久光正学長と、その圧倒的な表現力で多くのファンを持つ歌手のクミコ氏が「言葉」の大切さなどについて語り合った。

医療のアートの側面が見直されている

【久光】クミコさんとはシャンソン喫茶・銀巴里ご出演時代から30年来の付き合いで、その歌を聴くたびに心を動かされます。歌うことも、ある種観客とのコミュニケーションだと思うのですが、普段大切にしていることはありますか。

クミコ
歌手
早稲田大学教育学部卒業。1982年、「銀巴里」でプロとしての活動を開始。ジャンルを問わない歌い手として活躍する。2010年、NHK紅白歌合戦に出場。2016年、松本隆氏との“クミコ with 風街レビュー”名義で第59回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。

【クミコ】まずは、さまざまな感情や情景が表現された言葉を的確に伝えることが大事だと思っています。加えて、一つ一つの歌詞に気持ちを乗せられる歌は普遍的な力を持ち、歌い継がれますね。人は生きていく中で、傷やほころびを抱えるようになります。私が歌を通して心のひだを表現することで、聴いた方が共感を抱き、心が休まる瞬間を持ってくれればうれしい。いつもそんなふうに思っています。

【久光】素晴らしいですね。実は医療でも言葉はとても重要です。患者さんから得た情報を正確に解釈して、相手に配慮しながら筋道立てて治療方法を伝える。そのためには、言葉でのやりとりが欠かせません。そこで昭和大学では、2021年度の入学試験から選択科目に「国語」を加えました。コミュニケーションの基盤となる論理的な思考力を見るのに適した教科だと考えたからです。

【クミコ】医療の勉強は理系のイメージが強いので一瞬意外に感じますね。でも考えてみれば、信頼関係などは会話によってつくられる部分も大きい。逆に、お医者さんや看護師さんの側に悪気はなくても、ふとした言い回しが気になって距離を置きたくなってしまうなんてこともあります。

【久光】医療関係者の言葉は、患者さんにとって救いにも凶器にもなります。だからこそ気持ちの入った言葉で伝えることが大切。例えば何人もの患者さんに同じ検査の説明をしていると、事務的になりかねませんが、それはあってはいけないことなんです。

【クミコ】初めて説明を受ける側にとっては、その事務的な感じが冷たく響いてしまうんですよね。それに、個人としての自分に向けられていない説明はなかなか耳に入ってきません。

【久光】人間は単なる器官の集まりではなく、心を持っています。そこで満足度の高い治療を行うには、患者さんに目を向け、声に耳を傾けるコミュニケーションがやはり不可欠。これが「医療はサイエンスであり、アート」と言われるゆえんでしょう。最近は科学や技術だけに重きを置くのではなく、あらためて医療のアートとしての側面の大切さが見直されるようになってきています。

【クミコ】アートと聞くと、医療のお仕事と歌うことには重なる部分があるのかなとも感じます。

【久光】そう思います。どちらも、技術だけではいい仕事ができないでしょう。

【クミコ】確かに。歌手も同じ歌を繰り返し歌うと慣れが生じてしまいます。ですから私は、人生を重ねる中で、日々更新されていく自分を歌に投影することを心がけています。昨日と同じ歌を歌うにも、今日は今日なりの味わいを加えたい。そのためにも、日頃から自分の心を整えておくことが大切です。自分自身がまっすぐでいれば、その歌も聴く方へストレートに届くと思っています。

4学部混合のグループで「チーム医療」を学ぶ

久光 正(ひさみつ・ただし)
昭和大学 学長
医学博士。1981年、昭和大学大学院医学研究科博士課程修了。昭和大学医学部第一生理学助教授、教授などを歴任し、2012年、同学医学部長。17年、同学副学長、同学富士吉田教育部長、同学医学部附属看護専門学校長。19年7月より現職。

【久光】近年、医療の世界では、各分野の専門化、高度化が進んでいます。そこでますます重要になってきているのが、さまざまな職種のスタッフが連携して医療を提供する「チーム医療」です。医療人は、対患者さんだけでなく、スタッフ同士のコミュニケーション能力も問われることになります。

【クミコ】チームワークが大切なのは、どの世界も変わりませんね。歌の公演も、舞台監督、照明や美術の担当者など多くの方々の力があって成立します。まして命がかかわる現場で多様な技術、知識を持つ専門家が力を合わせてくれれば、患者としては心強いです。

【久光】昭和大学では「チーム医療」の実践に向けて、4学部混合のグループによる独自のプログラムを導入しています。初年度から各学部のメンバーがグループを組んで病院や施設での実習を行い、学年が進んでからは附属病院で、それぞれの専門知識を生かしながら協力して患者さんを担当するんです。その中で治療プランを深く検討するといった課題にも取り組んでいきます。

4学部混合のチームで学ぶPBL(問題解決型学習)では、数人のグループで与えられた課題について討論・発表を実施。各学部の考えを出し合うことで、多様な視点から解決策を探っていく。

【クミコ】これまでお話ししてきたとおり、医療も「人対人」のお仕事です。ただ高度な機器やシステムを扱うようになって、プロの皆さんもともするとそれを忘れがちになってしまうことがあるのかもしれません。そうした中で、1年生からさまざまな訓練を積んでいくのは、医療人としての人間性を育てる上でも大いにプラスになる。一般の立場からもそう感じます。

【久光】ありがとうございます。真心を持って人に尽くす「至誠一貫」を建学の精神とする私たちは、サイエンスとアートを兼ね備えた医療人の育成に向け、今後も努力を重ねていきたいと思います。

【クミコ】久光学長というリーダーのもとで改革を進められている昭和大学から、患者に寄り添ってくれる人材がこれからも多く輩出されることを期待しています。

2018年に昭和大学の創立90周年を記念して建築された 上條記念館のステージにて。
上條記念館の利用など、お問い合わせはホームページまで。

【連載】次代を担う「医療人」を追求する昭和大学