「実地で役に立つ人材の育成」は開学以来の理念

進行する超高齢社会に耐え得る医療提供体制の構築に向けて、地域医療の重要性が増している。一方で、担い手である医師の確保をはじめ、課題も少なくない。行政、医療現場、教育機関は今、どのような取り組みを進めているのか──。静岡県の川勝平太知事、静岡県医師会の紀平幸一会長、さらに医学部入学試験定員に静岡県地域枠を設定している昭和大学の久光正学長が語り合った。

多様な取り組みを通じて医師のキャリアを支援

【久光】現在、地域医療は医師の不足や偏在、地域包括ケアシステムの構築などさまざまな課題を抱えています。静岡県としてはどのような課題感をお持ちですか。

【川勝】およそ360万人の県民を抱える静岡県では、人口10万人当たりの医師の数が全国平均に比べて少ない約210人で、地域的な偏りもあります。そこで全国最大規模の医学修学研修資金貸与制度などによって、医師の確保に力を入れてきました。さらに2010年には、全国に先駆けて「ふじのくに地域医療支援センター」を設置し、研修の充実など、医師のキャリアアップ支援も行っています。

川勝平太(かわかつ・へいた)
静岡県知事
1975年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程を修了。早稲田大学政治経済学部教授、国際日本文化研究センター教授、静岡文化芸術大学学長を経て、2009年より現職。

【紀平】静岡県医師会でも、県の協力の下、医師と県内医療機関のマッチングを行う「静岡県医師バンク」を設立するなど対応を進めてきました。また、委員会を設置し、女性医師のキャリアサポートや医師全般の勤務環境の改善にも取り組んでいます。

【久光】昭和大学の前身である昭和医学専門学校が開学したのは1928年。当時、病気の見立てはできても検査や治療ができない医師が少なくない中、「実地で役に立つ人材を育成すること」が大きな目的でした。その意味では、私たちにとって地域医療への貢献は創設以来の重要なテーマと言えます。

【紀平】私も昭和大学の卒業生ですが、在学時、現場で活躍できる臨床医を育てる教育を重視していたことは強く記憶に残っています。

【久光】現在も、「地域医療実習」を必修科目として3年次に地域の診療所や病院で実習を行い、5年次にも同じ場所に行き、現場の人たちとのつながりもつくりながら自身の成長を見てもらうなど、地域医療を担える人材の育成に力を入れています。

【川勝】素晴らしいですね。医療現場には人材の確保が不可欠。静岡県は今のところ、医療関係者の皆さんの努力もあり、新型コロナウイルスのワクチン接種率も非常に高く、健康寿命も全国トップレベルです。しかし今後を考えれば、継続的な対策が必要なことに変わりはありません。

【紀平】そうした中で、昭和大学が静岡県と協力して2021年度入試から地域枠(※)を設け、22年度には人数が5人から8人に増員されました。これは大きな意味があると感じます。

【久光】国の施策によって、各地の大学で導入が始まった地域枠の仕組みは、医師の偏在化を解消し、地域医療の体制を強化する重要な手段。昭和大学としても貢献したいと考えています。

【川勝】現在、昭和大学をはじめ各地の大学が設けている静岡県の地域枠は計65人。これは全国トップです。

※「地域枠」とは
医師が不足する地方での医療の担い手を確保するため、各大学医学部の入学者選抜において導入された制度。大学と都道府県の協力により設置される、卒業後、特定の地域で医療を行うことを条件とした入学定員枠。受験する側にとっては、奨学金の支給を受けられるなどのメリットがある。都道府県から学生に対して奨学金を貸与している場合、都道府県の指定区域で一定期間医療に従事することで返還が免除される。

ますます重要度を増す「チーム医療」教育も重視

【久光】近年は超高齢化が進む中、医療も予防・治療・疾病管理を一体的に行うことが求められています。プライマリーケアを担う診療所と地域の中核病院など、各所での連携も今後はより欠かせないものになるでしょう。

【紀平】当医師会でも、厚生労働省が掲げる「『治す医療』から『治し、支える医療』」の実現に向け、地域包括ケアシステム構築を推進しています。その上では、医師、看護師、作業療法士、薬剤師といった職種間の連携も大事なポイントになります。

久光 正(ひさみつ・ただし)
昭和大学 学長
1981年昭和大学大学院医学研究科博士課程修了。昭和大学医学部第一生理学教授、医学部長、副学長、医学部附属看護専門学校長などを歴任し、2019年より現職。

【久光】高度化が進んだ今の医療現場において、医師が全てをこなすことはできませんから、やはり「チーム医療」が重視されます。昭和大学は医学部、歯学部、薬学部、保健医療学部を持つ医系総合大学であるため、その特徴を生かして4学部のメンバーが臨床場面での想定課題を協力しながら解決するグループ授業などを実施。具体的な取り組みによって、チーム医療教育を推進しています。

【紀平】互いの立場を尊重して、コミュニケーションを取ろうとする姿勢がないと、連携は成り立ちませんからね。

【川勝】医療スタッフ同士が話し合い、協力し合いながら、より良い治療を行っていく。まさにそうした能力を育てていくことが大切だと感じます。その能力を養うために、昭和大学では1年生全員が必ず富士吉田キャンパスで寮生活を行うとも聞いています。

【久光】異なる学部の学生4人が同じ部屋で過ごします。共同生活を送るには、自分の意見を伝え、相手の意見に耳を傾けることが大事になる。コミュニケーションが得意でなかった学生も、2年生になる頃には演習のプレゼンテーションで堂々と話せるようになるなど、大きく変わります。

【川勝】コミュニケーション力は、医療チーム内だけではなく、診療の際にも必要になりますね。お医者さんが上手に質問してくれればこちらも答えやすいですし、また説明が分かりやすければ理解も進みます。

【久光】実は昭和大学では、入学試験の選択科目として「国語」を採用しています。これは、確かな意思疎通の基盤となる論理的思考力を測りたいというのが理由なんです。

心と体の両方を預けられる医師が求められている

【紀平】地域のかかりつけ医は、生活相談や社会的な問題の相談を受けることも珍しくありません。そこで患者さんの話を聞き、状況を察することが、病気の背景を理解することにもつながります。地域の現場では、「病気ではなく、患者さんを診る」姿勢がより強く求められる。昭和大学在学時に、ある教授が「うちの外科は外科しかできない医者はつくらない」と言っていたのもそういう思いだったんだと今になって思います。

紀平幸一(きのひら・こういち)
静岡県医師会 会長
1965年昭和大学医学部を卒業。82年静岡県伊豆市に内科クリニックを開設。静岡県の田方医師会会長、静岡県医師会の理事・副会長を経て、2018年より現職。

【久光】学生には「『患う』という字は串が心に刺さったように見える。患者さんは病気やけがで心も傷ついているのだから、私たちはその串を抜いてあげる医療を行うことが大切だ」とよく伝えています。

【川勝】「医は仁術」という言葉を思い出させるお話です。確かな専門性に加え、言葉や立ち居振る舞いによって「自分のことを全部理解してもらっている」という安心感を相手に与える。患者さんが心と体の両方を預けられる医師が、一人でも多く地域医療に加わってくれれば心強いです。

【久光】現場でのやりとりは言葉と表情や身振りが合わさって成り立つものです。患者さんに全身で、真摯しんしに向き合う姿勢は学生自身がその大切さに気付いてこそ培われますから、私たちとしては気付きを促す教育を行いたいと常々考えています。

【紀平】大切なことですね。翻って地域医療の現場に目を向けてみると、多忙過ぎる状況では、患者さんの話にじっくりと耳を傾けるのが難しいのもまた事実です。

【川勝】地域医療体制の充実に向け、医師の「質」は当然大切です。一方で、最初の話に戻りますが、多忙さの解消を考えても「数」の問題は無視できません。ありがたいことに静岡県ではこれまでの施策が成果を上げ、県の医学修学研修資金の貸与者は1300人を超えました。さらに、研修資金の利用者などを対象とした仮想医科大学「ふじのくにバーチャルメディカルカレッジ」の取り組みにより、近年は県内に定着する医師も着実に増えています。

【久光】昭和大学としても引き続き静岡県と協議し、地域枠で入学した学生が静岡県内で実習する機会を設けるなど、できるだけ地域とつながりを持てるように配慮していきたいと思います。

【川勝】知事として、暮らしを営む上で欠かせない「教育」「食」「医療」の三本柱を充実させ、より多くの人に選ばれ、定着してもらえる地域にしたい。また、静岡県は医薬品・医療機器の生産額が日本一の県でもあるので、今後も関係各所との連携を強化しながら、医療の充実に向けた施策を進め、総合的な医療先進県を目指します。

【紀平】地域医療の現場を担う立場としては、あらゆる人が住み慣れた地域で、最後まで健康に暮らしながら人生を全うできる医療を実現することが大事な役割です。医師会としても、重症化を予防し、健康寿命を延ばせるよう、かかりつけ医の機能強化というテーマに継続的に取り組んでいきます。

【久光】繰り返しになりますが、今後のさらなる超高齢社会を考えても、地域医療の強化は不可欠です。昭和大学は「至誠一貫」を建学の精神とし、社会に貢献する医療人の育成を目指して設立されており、この「社会」は「地域」とも言い換えられる。これからも、常に相手の立場になり、真心を尽くして医療を提供できる人材の育成に注力していきます。

独自の教育システム、サポート体制で、至誠を貫く医療人を育てる昭和大学

4学部での共同生活で人間性を培う、1年次の全寮制教育

全4学部の学生は、入学すると富士吉田キャンパスにある寮に入り、1年間、学部の異なる4人のメンバーと同じ部屋で暮らす。共同生活を通してコミュニケーション能力を鍛え、思いやりや共感力を育みながら、幅広い視野やさまざまな問題を仲間と解決する力を養うとともに、他職種の仕事を理解し、お互いを尊重しながら共通の価値観を持って患者と向き合うなど、チーム医療に必要な心構えと役割を理解する。学部を超えたつながりは、卒業後も続く貴重な財産となる。

全学部と附属病院が連携して進めるチーム医療教育

チーム医療の実践に向け、全学部の教員と附属病院が連携して独自の「チーム医療」プログラムを構築。医療人マインドと職種の役割を学ぶ初年次体験実習、各職種の立場から症例を検討しながら課題を解決するPBLチュートリアル、学部混合チームにより患者の治療プランを深く検討する高学年次での病棟実習など、4学部全学年にわたり体系化された学習を実践。近年注目される「地域医療」「在宅医療」についても、地域の医療機関、介護スタッフなどと連携した実習を行う。

最先端の医療現場で専門性を身に付ける臨床実習

4学部と附属病院が密に連携した臨床実習プログラムを展開。最先端の医療現場で、全学部の全ての学生が実習を行う。実習の現場となる各附属病院では、現役の医療従事者が「臨床教員」として指導。学生はそれぞれの職種の専門性や医療チームの連携について理解しながら、生命の尊さや患者の思いを体感することによって高い目的意識を持って学びを進めていく。高学年の臨床実習では診療参加型実習(クリニカルクラークシップ)を行い、高度な専門性を培う。

学業・生活から進路まで、手厚く親身なサポート体制

学業面・生活面から国家試験受験や卒業後の進路まで、教職員が一丸となって学生に幅広い支援を提供する。各学生に指導担当の教員が付く「指導担任制度」も導入し、月1回以上の面談を実施しながら悩み事の相談に乗るなど、きめ細かくサポート。医師国家試験の対策講義なども実施している。また、学習面での援助が必要な学生に対しては専任の教員がマンツーマンで修学支援も行っている。

【連載】次代を担う「医療人」を追求する昭和大学