90年超の歴史を持つ昭和大学が入試選択科目に国語を追加

医学部、歯学部、薬学部、保健医療学部(看護、理学療法、作業療法)の4学部6学科を有する昭和大学。臨床現場と深く連携した教育体制などで定評を得る同学が、2021年度入学試験から選択科目の一つに「国語」を採用する。入試改革にはどんな狙い、意義があるのか──。久光正学長と言葉のプロであり、大学の客員教授も務めるキャスターの吉川美代子氏が語り合った。

患者さんを知るのに「言葉」は重要な手段

吉川美代子(よしかわ・みよこ)
キャスター、アナウンサー
1977年、早稲田大学を卒業しTBSテレビに入社。「JNNニュースコープ」「CBSドキュメント」などのキャスターを務める。退職後はフリーとして活動。2017年より京都産業大学客員教授も務める。コミュニケーションに関する講演も多数。

【吉川】来年度から全学部の入試で、「国語」の選択が可能になります。新たな取り組みを始める理由は何ですか。

【久光】医学は実践の場面から考えると、単純に理系の学問とはいえない部分があるんです。患者さんの状態を知る第一の手段は「言葉」。対話で得た情報も貴重な材料とし、筋道を立てて治療方針などを決めていきます。このコミュニケーションの基盤となるのが論理的思考力。国語はその素養を測るのに適した教科だとあらためて考えました。

【吉川】確かに客観的な視点で物事を整理、理解するのに必要な論理的思考力は、業界を問わずコミュニケーションで欠かせませんね。ただ今の時代、短いフレーズだけで対話が進んでいったり、文章に主語や目的語がなかったりということもよくあります。

【久光】仲間内でのショートメッセージなどなら、それでもいいのかもしれません。しかし、仕事では年齢も価値観もまったく違う人と意思疎通する必要がある。そこではやはり論理性や明解さが求められます。

【吉川】私がコミュニケーションで気をつけているのは、「言葉の常識は人によって違う」ということです。「高い建物」と一口に言っても、実際に何階なのかを尋ねると、出身地や年齢によって答えが全然違う。それがすれ違いのもとになってしまいます。特に医療の現場では、小さな齟齬が後に大きな問題にもなりかねません。

【久光】同じ「腹痛」でも、どこが、どのように、いつから痛むのかを正確に把握する必要があります。なので初診はベテランの先生が時間をかけて、しっかり話を聞いていくことが多い。的確な質問で回答を促し、患者さんが答えに詰まるようなら、具体的に「こういうことはありますか」「こういうときはどうですか」と選択肢を挙げながら状況を整理していきます。

【吉川】先生の一つ一つの問いかけには、きちんと理屈、論理があるわけですね。コミュニケーションというと「話す・聞く」のイメージが強いですが、そうした場面では、「診る」ことも重要になりそうです。

【久光】おっしゃるとおり。診察室に入ってきたときの歩き方、表情やしぐさ、質問への反応といった非言語のシグナルも読み取りながら、口にしない思いまでをできる限り汲み取っていく。そうすれば患者さんとの信頼関係も早く築けるでしょう。

【吉川】私も番組などで取材をする際は、相手の反応を見て「あの話をしたいのかな」「こんな聞き方をしたほうがいいかな」とよく考えていました。相手から返事がないときも、質問の意味がわからなくて黙っているのか、答えをじっくり考えているのかで沈黙の意味が異なる。それを「察する」ことができれば、コミュニケーションもより円滑になります。

論理的思考と「情」は相反するものではない

久光 正(ひさみつ・ただし)
昭和大学 学長
医学博士。1981年、昭和大学大学院医学研究科博士課程修了。昭和大学医学部第一生理学助教授、教授などを歴任し、2012年、同学医学部長。17年、同学副学長、同学富士吉田教育部長、同学医学部附属看護専門学校長。19年7月より現職。

【久光】人と良い関係を築いていくうえで、「感情」の要素は無視できません。論理的思考に基づくコミュニケーションというと、「情」に欠ける印象を抱く方もいるかもしれませんが、この二つは決して相反するものではありません。情を持ちながら、論理的な内容を相手に配慮した言葉で伝えられれば最善でしょう。とはいえ、それには経験も必要です。

【吉川】そこで私が勧めているのが読書です。本を読めば自分が知り得ない他者の人生を追体験できる。「辛い」「悲しい」「悔しい」などさまざまな感情を味わい、人の心の機微を理解していけるんです。

【久光】そうした蓄積がコミュニケーションの下地になり、豊かな交流が生まれるわけですね。

【吉川】言葉というのは単なる文字や音の連なりではなく、それらが一つの塊になったからこそ意味や実体があるのです。発したり発せられた言葉の中身を具体的にイメージできない限り、コミュニケーションは実感の伴わないうわべだけのものになってしまいます。読書は言葉のイメージを取り戻すためにも有益だと感じます。

【久光】近年は医療技術の発展もあり、「病気」をずいぶん精緻に見られるようになりました。しかし私たち医療人の相手となるのは心を持った「人」です。だからこそ、論理と感情を兼ね備えた人材の育成がいっそう大切になっていると感じます。

【吉川】いろいろお話をして、「国語」を入試の選択科目に採用された理由や意義がよく理解できました。

【久光】ありがとうございます。私たちは「至誠一貫」という建学の精神のもと、真心をもって患者さんに尽くす「プロフェッショナリズム」を重視しています。そこで入学後は、ディスカッションの授業や異なる学部の学生がチームで取り組む問題解決型の授業などにも力を入れています。今後も質の高い教育を通じて、本物のコミュニケーション力を持つ医療人を育てていきたい。そう思っています。

【吉川】とても頼もしいですね。患者さんが「この人に担当してもらってよかったな」と感じられる人材が、昭和大学から一人でも多く巣立っていかれることを期待しています。

すべての学部の1年生が全寮生活のもとで学ぶ、昭和大学の富士吉田キャンパス。学部の異なる学生4人が同じ部屋で寝食を共にする中で、他者への思いやりや幅広い視野を養っていく。