渋谷駅直結の渋谷スクランブルスクエア(東棟)15階のワンフロアを占める「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」。オープンからおよそ1年、個人や法人の多様な会員がイベントスペース、ワークスペース、サロンなどをフレキシブルに利用できるこの会員制の共創施設はビジネスにどう生かされているのか――。「SHIBUYA QWS」の野村幸雄エグゼクティブディレクターと、コーポレートメンバー(法人会員)である出光興産の三枝幸夫執行役員に話を聞いた。

自社にはない価値観と出合えることが魅力

【野村】入会のきっかけは、「SHIBUYA QWS」のBOOSTER OFFCEに入居しているスクラムベンチャーズが主催したセミナーに参加されたことでしたよね?

三枝幸夫(さえぐさ・ゆきお)
出光興産株式会社 執行役員 CDO デジタル変革室長
1985年ブリヂストン入社。工場設計本部長を経て、2016年に執行役員となり、17年からは全社のビジネスモデル変革やデジタル・トランスフォーメーションを推進。2020年1月より出光興産にて現職。

【三枝】そうですね。出光興産のデジタル変革室のメンバーと一緒に「SHIBUYA QWS」で開催されたセミナーを受講してこの施設を知り、その日のうちにお声掛けしました。外部の知見を取り入れながら、社内の風土改革を進めていく――。その起点になり得る場所だと直感したんです。

【野村】ありがとうございます。会員の皆さんにお聞きすると、「新規事業の種を探したい」といった目的で入会される方が多いですね。また法人会員の方からは、「社外との交流を通じて人材を育成したい」という声もよくお聞きします。出光興産さんは、どんな問題意識をお持ちだったんでしょうか。

【三枝】社会や消費者の価値観の変化にしっかり対応し、常にマーケットで必要とされ続ける「レジリエントな企業体」に変わらなければならない。そうした経営課題がありました。燃油事業は歴史の長い、ある種完成されたビジネスですが、脱炭素の動きが進み、またコロナ禍で市場の状況も大きく変化している。当社もお客様をサービスステーション(ガソリンスタンド)で待つモデルから、価値ある製品・サービスを提供して選ばれるモデルに移行する必要があります。そうした中で、スタートアップ企業の方、大学の研究者、またクリエイターや学生さんまで、社内では会えない人たちと交流することでコーポレートカルチャーを変えていきたいと考えました。

【野村】「自社にはない価値観と出合え、新たなネットワークを築いていける」という点を評価してくださる企業は多いです。実際、コーポレートメンバーの業種は、製造、金融、建築、鉄道、エネルギーなど多彩で、自治体の会員様も複数いらっしゃいます。

交流を生む多様な仕掛けが用意されている

【三枝】「SHIBUYA QWS」では、「問いの感性」を磨くといったテーマを掲げ、各種ワークショップもたびたび開催されていますね。

野村幸雄(のむら・さちお)
渋谷スクランブルスクエア株式会社
SHIBUYA QWS エグゼクティブディレクター
2001年、東京急行電鉄に入社。2010年、東急百貨店へ出向。2014年、東京急行電鉄都市開発事業本部にて渋谷スクランブルスクエアの開発を担当。2018年に渋谷スクランブルスクエアへ出向。

【野村】はい。今の時代、「何か新たな商品を、新しいビジネスを」と考えている企業は多いですが、新規事業の開発自体が目的化してしまっているようにも見えます。本来は「社会課題に向き合い、その解決手段を提供する」ことが原点になるべきで、そのためにはまず暮らしやビジネスの中にどんな課題があるのかを“問う”必要があると私たちは考えています。

【三枝】課題が見えにくくなっているということですね。「これをやればいい」ということはすでにみんなやっている。だから、問うことを通じて潜在的なニーズを掘り起こす必要がある。

【野村】そう思います。施設名のQWSは「Question with Sensibility(問いの感性)」の頭文字から取っているんです。

【三枝】消費者が気づいていないようなニーズを発掘するには、「問いの感性」が必要になる。この施設にはそれを磨く多くの仕掛けがあると感じます。

【野村】そう言っていただけるとうれしいです。物事をいつも同じ方向から見ているだけでは発見はありませんから、「SHIBUYA QWS」ではまなざしを変化させるプログラムの提供や会員様同士の交流を生む仕組みづくりに注力しています。利用者の方に自身の「問い」を掲げてもらう「問い立て」もその一つです。

会員は「問い立て」を机の上に掲げて、どんな問いに取り組んでいるのかを周囲に表明する。

【三枝】面白い取り組みですよね。「問い立て」を出しておくと、関心を持つ人と交流が生まれるきっかけになる。加えて、スタッフの方がそれを見て力になりそうな人を紹介してくれたりもします。そうして自然とネットワークが広がっていくからありがたい。

【野村】施設内には専任のコミュニケーターが5~6名常駐して、会員様の関心に基づいた交流をサポートしています。さらに、施設内はできるだけ壁で区切らず、オープンな空間づくりに気を配りました。

【三枝】近くの席の会話や議論が聞こえてきたり、イベントスペースでの講演の様子が伝わってきたり。そうした刺激が新しい発想につながっていきます。

「PROJECT BASE」と名付けられたワークスペース。可動式のテーブルやホワイトボードが用意され、プロジェクトに応じてレイアウトを変えることができる。

おかげさまで社員が“無茶”を言うようになってきた

【野村】2020年9月には、「サービスステーションのリデザインを一緒に考えませんか」というテーマでアイデアソンも開催していただきました。

【三枝】コロナ禍ということでオンライン開催でしたが、大学教授からクリエイター、ビジネスパーソン、ギャルまで、驚くほど多様な50名近い方が参加してくれました。初対面同士のブレストなどは話が弾まないケースも多いのですが、皆さん積極的で社内からは出ないアイデアをたくさんいただきました。

【野村】「SHIBUYA QWS」らしいイベントだったと思います。

【三枝】今は、アイデアの商品化、サービス化もスピード勝負で、素早くつくったプロトタイプをトライ&エラーで磨いていく必要があります。そうした中、トレンド発信基地である渋谷はマーケティングや実証実験の場としてもきっと有効ですね。

【野村】はい。最近はオフィスビルも増え、若者だけではなく多様な年齢層が活動しているのが今の渋谷です。まさにそうした点もこの街の強みだと思います。

【三枝】独特の魅力がありますね。おかげさまでこちらに入会してから、デジタル変革室のスタッフが徐々に“無茶”を言うようになってきました。これが大事なんです。一人一人の意識が変わっていけば、コーポレートカルチャーも変化する。それがお話しした「レジリエントな企業体」へとつながっていきます。

【野村】うれしいお話です。6つの大学(※)やパートナー企業と連携している私たちのもとでは、専門家の話も気軽に聞けますし、実証実験などにも取り組みやすい。今後もサービスをより手厚くし、企業が0から1を生み出すサポートができればと考えていますので、引き続き「SHIBUYA QWS」を存分にご活用ください。

※東京大学、東京工業大学、慶應義塾大学、早稲田大学、東京都市大学、東京藝術大学

企業は「SHIBUYA QWS」をこう活用している
~コーポレートメンバー2社のケースから~

事例1:三菱鉛筆株式会社

「ギャル式ブレスト」で従来にない視点から「書く・描く」ことを考える

筆記具事業を主力に文具やOA関連商品を手がける三菱鉛筆。社内にはない出会いを求めて入会した同社に、「SHIBUYA QWS」が、ビジネスシーンへの「ギャルマインド」の実装を目指す「バブリースクール」とのブレストを提案。社長も含む同社メンバー、「SHIBUYA QWS」の会員や事務局、そしてギャルにより、「書くこと、描くこと」についてざっくばらんな議論が行われた。

ブレストでは「敬語禁止」「あだ名で呼び合う」といったルールのもと、「筆記具ってエモい」「ペン自体が歳をとるのよくない?」など社内ブレストでは考えられない名言が飛び交い、筆記具においても機能面に加えユーザーの感性などに訴える情緒的な訴求も必要など多くの気づきを得た。

事例2: 株式会社日立アカデミー

DXの分野などで一緒に手を組める相手を見つけたかった

研修プログラムの提供、研修運営支援、コンサルティングなどを通してビジネス人財の育成を支援する日立アカデミー。DXを主導するリーダー育成プログラム開発に向けた外部ネットワークづくりや、日立グループで働く人々の自律的学びを促進するコーポレートカルチャー変革を目指して「SHIBUYA QWS」に入会した。

館内では多彩な会員との交流を通じてDXや教育分野の専門家と関係を構築。また、コミュニケーターの協力を得てワークショップのテストプレイを3回にわたって実施し、内容をブラッシュアップしていった。さらに、「SHIBUYA QWS」の“人をつなぐ”仕組みも生かして社外の知見に触れながら、日立グループ内における新たな学びの提供や社員のモチベーションアップに向けた取り組みを進めている。