「貧困なのに専業主婦」は一種の行動面の「失敗」

専業主婦の話に戻ると、「貧困なのに専業主婦」という状態も、一種の行動面の「失敗」として捉えることができます。貧困は、栄養、健康、児童虐待、教育などさまざまな側面において、子どもにとってはきわめて不利な成長環境です。中長期的には、貧困家庭の母親が保育所を利用して働きに出ることは、子どもの健康や教育に良い影響を与えることが分かっています。

周 燕飛『貧困専業主婦』(新潮選書)

それにもかかわらず、子育てを理由に専業主婦を選ぶ貧困家庭の女性が大勢います。保育料が高すぎたことが原因ではありません。認可保育所の保育料は、応能負担が原則であり、貧困・低収入家庭の子どもは、無料または極めて低料金で認可保育所を利用できます。認可保育所のサービスは、実質上、低収入家庭への高額給付と言って良いでしょう。保育所を利用しないことは、この高額給付を自ら放棄することに等しいのです。

その行動に対して、直接的には、「保育所は子供が野放しになるところ」や、「保育所のことがよく分からない」といった保育所への偏見や疎外感をあげる女性が多いことが挙げられます。これは、行動経済学的には脳の「帯域幅」の不足による行動の「失敗」と見ることもできます。

保活の面倒さは大きなハードルに

我々自身が、日々の生活において種々の「欠乏」と戦ってすでに精一杯の状態であり、脳の「帯域幅」が不足しがちな状況に置かれている時の行動を想像してみましょう。子どもを保育所に入れるためには、保育所に関する正しい情報を収集したり、保育所の希望先を絞ったり、入園申請書類を一通りそろえたり、並びに求職活動を開始したり、履歴書や就職スーツの準備をしたりするなど、一連の面倒な手続きをまず行う必要があります。

脳の「帯域幅」が不足していると、こうした面倒な手続きがもたらす「マイナスの報酬」が前向きの行動を阻みます。その場合、働くことは長期的に魅力的な「報酬」をもたらすことをたとえ分かっていたとしても、実行に移すことができません。短期的な「マイナスの報酬」は乗り越えられないため、「貧困なのに専業主婦」というジレンマが生まれるのです。

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周 燕飛(しゅう・えんび)
労働政策研究・研修機構(JILPT)主任研究員

1975年中国生まれ。労働政策研究・研修機構(JILPT)主任研究員。大阪大学国際公共政策博士。専門は労働経済学・社会保障論。主な著書に『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』(第38回労働関係図書優秀賞、JILPT研究双書)等