今後の自動車は「CASE」がキーワードになる。Cはコネクティッド(インターネットなどとつながる)、Aは自動運転、Sはカーシェア、EはEVカーのことである。そんな中、コネクティッドサービスを提供するビジネスパーソンたちにスポットを当て、一般ユーザーはそれをどう使えばより快適なカーライフを過ごせるのか? 第1回は「つながる保険」を発売したあいおいニッセイ同和損保の金杉社長に聞いた――。
あいおいニッセイ同和損保の社長、金杉恭三氏。

CASE革命とつながるまったく新しい保険

C(Connected)コネクティッド
A(Autonomous)オートノマス(自動運転)
S(Shared/Service)シェア・サービス
E(Electric)電動化

今やCASEというキーワードが自動車業界の未来を指し示している。そして、CASEが本格的にスタートすると、関連業界にもさまざまな影響が表れる。例えばEV化が進むと、エンジンや変速機の部品を作っていたサプライヤーは減産せざるを得ないが、車載電池のメーカー、電池まわりの部品会社にとってはチャンスとなる。

オートノマスではグーグル、アップル、ウーバー、ソフトバンクといったAI開発の会社が有利になるし、シェアリングではウーバー、グラブなどの企業にますます大きなビジネスチャンスがやってくる。

むろん、コネクティッドカーの進展でも同様だ。車がつながることによって新しいサービス、商品が生まれてくる。

その先陣を切って誕生したのが、「トヨタつながるクルマの保険プラン」。トヨタとあいおいニッセイ同和損保が共同開発した日本で最初の運転挙動反映型のテレマティクス自動車保険だ。ひとことで言えば安全運転をしていれば、そのスコアに応じて保険料が安くなるもの。IT化が進んだ時代になったからこその保険商品だ。

注 テレマティクス自動車保険
自動車に搭載された車載器から車の情報、ドライバーの運転情報を通信で送るのがテレマティクス。データを受け取った保険会社はそれを分析し、安全運転の度合いに応じて保険料を決める仕組みの保険。

――つながるサービスの達人である金杉さんは入社以来、営業をしてたのですね。

【金杉】はい、社歴では半分以上、営業です。

――では、達人であるばかりでなく、自動車保険のプロだと。

【金杉】保険マンというのは保険を売っているだけの人と思われていますけれど、私たちが常日頃から考えているのはドライバーのリスクを減らす、そして、事故をなくすこと。そのためのお手伝いをする仕事が自動車保険の営業マンです。

入社した頃の経験ですけれど、自動車保険に加入していない方の相談に乗ったことが何度もありました。むろん、自賠責は強制保険ですから皆さん加入していらっしゃいましたけれど、任意保険に入ってない方があの頃は結構いたんです。

加入しているお客さまから「悪いけれど、友だちの事故の相談にのってくれないか」と頼まれると進んで、いろいろな相談にのりました。

――ということは保険マンって、人がいいというか、頼まれたらイヤだと言えないタイプが多い?

【金杉】どうでしょう。ただ、思えば、入社した頃、どこの保険会社も同じ商品で同じ保険料だったんですよ。差をつけるとしたら、営業マンの根性とサービスしかなかった。だから他の会社の営業マンがやらないようなことをやって、お客さまから評価を得るしかなかった。保険の代理店をやっている整備工場へ営業に行った場合は、何も言わずにツナギを着て一緒に車を洗う。それからトイレの掃除をする。営業トークよりも全身を使って仕事をしていました。

――御社の社員は今も洗車をやってるんでしょうか。

【金杉】やってるんじゃないですか。やってますよ、きっと。まだまだ保険商品って横並びのところがありますからね。

――それを考えたらつながる保険(トヨタつながるクルマの保険プラン)って、画期的な商品なんですね。

【金杉】やっとその話になりましたか。ありがとうございます。そうなんです。その通りなんです。

「つながる保険」とはいったい何か

【金杉】つながる保険は日本初のもので、出しているのは当社だけです。

もう20年近く前のことですが、トヨタ自動車は車を一気にIT化させて、走っている時のデータを通信で飛ばすことを実現させました。それがコネクティッドカーの始まりでした。そこで集めたデータを活用しようじゃないかと一緒に研究を始めたのがテレマティクス保険だったのです。

それから長い時間がかかりました。トヨタのコネクティッドカーが本格化したのが2016年で、当社の保険が出たのが昨年のことになります。

――保険商品を形にしたのはあいおいニッセイ同和損保ですね。

【金杉】ええ、当初は自社開発しようと思ったのですが、車の運転に関するデータがまだまだ足りなかった。そこで、ヨーロッパの大手テレマティクス保険事業者ITBを買収したんです。ヨーロッパではすでにテレマティクス保険は出ていましたが、普及率は5%程度でした。しかし、彼らの知見がなければ、日本でテレマティクス保険を開発することはできなかったと思います。

過去の運転データが役に立たない時代

【金杉】なぜならテレマティクス保険は従来からある日本の自動車保険とは発想が違うんです。

日本には無事故割引制度というのがあります。事故を起こした経歴がなければ保険料が安くなる。しかも、保険会社を変えても、その料率を適用することができる。ポータビリティがある制度なんです。過去、事故を起こさなかった人にとっては得をする保険のシステムですが、しかし、これは日本だけなんです。世界にはこれ程整備された無事故割引制度はありません。

ヨーロッパやアメリカでは、来店したお客さまがどういった人なのかを判断して保険料を決めなきゃならない。運転歴の長い人ならいいですよ。しかし、免許を取ったばかりの人、引っ越してきて、過去の運転経歴が分からない人に対しては料率を決めることが難しい。それで、運転者の運転挙動を早く知ることで、事故の頻度を予測する方法が始まったのです。

具体的に言えば、車載器を車につけて、「このドライバーは急ハンドルが多い。急ブレーキも多い。速度も出し過ぎだ。じゃあ、料率はこれこれだ」と。

――では、運転経歴がはっきりとしている日本にはなくてもよかった保険なのですか?

【金杉】いえ、それがそうじゃない時代になってきたんです。高齢化社会になり、過去歴だけで保険料を算出するのが難しい時代なんです。

例えば、近頃、増えてきた自動車事故で目立つのが高齢者の方が急に大事故を起こすこと。何十年も無事故無違反だった人が、ある日突然、事故を起こしてしまう。過去歴では判断できない事故が起こるようになってきたのです。

――確かに、そういう事故は増えていますね。(注 75歳以上の死亡事故は年間400件台で推移していた。2018年は前年比10.0パーセント増の460件。このうち80歳以上が200件台。また、死亡事故全体における高齢運転者も増えている)運転挙動のデータというのは具体的にはどういうものですか?

【金杉】主には、急ブレーキとか急アクセル、速度超過などがどれくらい事故に結びつくかといった確率データですね。ただ、この確率を出すには膨大なデータを持っていないと算出できません。私どもがITBを買収したのは同社が73億キロもの走行データを持っているからでもあります。ITBは世界トップクラスのデータ量を保有しているんです。

加えて、運転者が何キロで走っているか。GPSと組み合わせると、現在、その車が制限速度で走っているのか、オーバーしているのかも分かります。運転の性質とか、運転状態までを含めたのが運転挙動と言えるでしょう。

――つながる保険は現在、どのくらい普及しているのですか?

【金杉】いや、まだまだです。去年発売したばかりなので、一万台くらい。

外付けではない、据え付けられた車載器があるコネクティッドカーはレクサス、クラウンでスタートして、カローラスポーツ、アルファード、ヴェルファイア、そしてプリウスにRAV4などですね。

――外付けの車載器でコネクティッドしている車はこの保険には入れないのですか。

【金杉】必要なデータさえ提供していただければ可能なのですが、常時、つながっている車でなければ使えるデータにならないんです。

――それは?

【金杉】先ほども申しあげましたが、トヨタの車載器は後付けではありません。ですから、スイッチを切ったり、取り外したりすることはできない。後付けの車載器だとしましょう。ドライバーがスピードを出す時だけ車載器をオフにしてしまったら、正しいデータではなくなる。運転挙動を把握することができないわけです。ですから、今のところはトヨタの車だけに適応する保険になってます。

つながる保険でお客さまがどんな得をするのか?

【金杉】この保険は安全運転であれば保険料が従来のものよりも安くなります。そのために開発したのですが、いざ、出してみると、安全運転に役に立っていることがわかりました。

運転していると、ワンドライブずつスコアがつくのです。たとえば日曜日に私が運転して買い物に行って帰ってくる。90点とか80点とか。どこそこで急ブレーキを踏んだとか、どこかで速度オーバーしたかって全部、記録に残る。いや、実際は速度オーバーはしていないですよ(苦笑)。あくまでもたとえ話です。

ほとんどの人は真面目ですから、自分の運転記録やスコアを見ると、「あ、今度は気をつけてスコアを良くしよう」と思うんです。それが結果的には安全運転になって事故が減っていく。

1年間、販売しましたが、この保険に加入した方は普通の保険に入っている方よりも同じ車種で比べると平均約30%も事故が減っている。

私自身、初めてスコアをつけた時、70点で、内心、失礼、「この野郎」と思ったわけです。よーし、次は80点とってやる、90点にしてやる、と。だって、点数が上がれば保険料が安くなるのですから。皆さん誰でもやりますよ。

月間のスコアもつきます。月間のスコアがよければ翌月の保険料が割引になるんです。

――点数がよくなかった人のデータもあるのですか?

【金杉】そういうデータもとっています。顕著なのは最初に60点台だった人はどんどんスコアが上がってますね。やっぱり皆さん真面目なんです。スコアと記録があれば人間は運転を意識するようになります。自慢じゃないですけれど、今や、私はワンドライブで95点以上取るようになりました。保険料は自分で払っていますから、少しでも安い方がいいです。

もし事故が起きたらどんなサービスがあるのか

【金杉】事故を起こした時、つながる保険ですと、まず衝撃をキャッチして、私どものコールセンターからお客様の携帯に連絡が行く。

「大丈夫でしたか? 今、衝撃を感知しましたけどお怪我はありませんか?」

そして、事故であっても、軽微なものならば、その場で保険について対応いたします。大きな事故であれば、救急車、レッカー車を呼びます。

私どもがヨーロッパで買収したITBの例ですが、イギリスの田舎で大事故を起こした車からの緊急通報を受信し、駆けつけたところ、命をとりとめた例があります。運転者の方は複雑骨折で脊髄まで損傷していたので、放置していたら、それこそ大変なことになっていたでしょう。

深夜とか山奥で、同乗者がいないような事故の場合、これまではどうしようもなかったけれど、コネクティッドカーであれば、対応することができます。

トヨタのオペレーターサービスと当社のコールセンターは、事故や問合せなどのお困りごとの際には、窓口が連携することになっていますから、二段構えで、お客さまをしっかり見守れます。

――自動運転になった場合でも、つながる保険は有効なのですか?

【金杉】同じ技術ですから有効です。人が運転していない場合でも、データは飛んできますからね。また、完全自動運転に達していないレベル3でしたら、人間が運転する場合もあります。そうすると、自動運転は安全運転が前提ですから、自動運転の時間が長ければ保険料は安くなる。テレマティクスの技術と積み重なったデータがあれば分刻み、秒刻みで保険料率を決める判断ができます。

――金杉さん、つながる保険の話をする機会、多いでしょうね。

【金杉】自動車業界の人たちと会っていると、今の話題はCASEなんです。当然、コネクティッドとつながる保険の話になります。

そこから話が膨らんで、スマートスピーカーを持ってるかどうかという話にもなる。私も持ってるんですけれど、今、使ってないんですよ。あれ、常時、接続してるから、家庭内のこと、筒抜けじゃないのかな、と。それと、どうもスマートスピーカーのAIは日々の会話を聞いていて家庭内の序列をちゃんとわかっているような気がする。

ご主人と奥様が「何々チャンネルに変えて」って言うと、絶対に奥様が選んだチャンネルになるんじゃないかと。AIは、家庭内の序列データを取っているに違いない……。

――いえ、AIは単に声の大きな方の命令を聞くんじゃないでしょうか。

【金杉】そうか、声の大きな方の命令を聞く……。 

――ええ。

【金杉】なるほど。まあ、いいです。

私たち保険マンは声は小さいかもしれません。しかし、リスクを減らし、事故をなくすことを最大の目的と考えているんです。「安全安心なモビリティ社会」の実現に貢献していきたいと思っています。

(野地秩嘉=文 大沢尚芳=撮影)