アメリカの大学では学部によらず、経済学は必修です。つまり、経済は経済学を学ぶ人だけが知っていればいいというものではなく、多くの人が知っていて損はないということ。私は、経済学の基本的な考え方を習得しているかどうかで、世の中の見方が大きく変わるのではないかとさえ思います。

コロンビア大学大学院の卒業式での一枚。博士候補生になるための試験に落ちたことなどもありましたが、無事にPh.D.を取得。自力で自分を立て直す方法を学んだのもこのときでした。

近年の経済学は、「インセンティブのメカニズム」を明らかにしようとしていることに尽きます。インセンティブとは、人間の意思決定や行動を変化させるような「誘因」のこと。部下は何度言っても同じ間違いをするし、夫は家事を少しも手伝ってくれないし、子どもはまた宿題をする前にゲームに夢中になっている……。このような状況のとき、私たちはすぐ「言って聞かせればいつかはわかるはずだ」などといった根拠なき精神論に走ってしまいがちです。

しかし、よく考えてみてください。自分以外の人に「○○しなさい」と言うだけで、思いどおりになる例があるでしょうか。むしろ、うまくいかないことだらけではないでしょうか。問題を抱える本人の意思決定や行動を変化させる強いインセンティブがないのに、他人がいくら言って聞かせてもなかなか長期的な解決にはつながりません。そこで経済学では、本人を取り巻く制度を変えることによって、本人の意思決定や行動を変化させようと考えます。たとえば、子どもを勉強させようと考えた経済学者が用いたインセンティブは「お小遣い」です。これは実際に、アメリカの主要都市で実施された大規模な社会実験で、子どもが宿題をしたり本を読んだりすることに少額のお小遣いを出すことで、学力が上昇したことが示されています。このように、インセンティブをうまく使えば、暴飲暴食や喫煙などの人々の悪い習慣も断ち切り、良い習慣を促すこともできるのです。逆にインセンティブについてよく考えず、人々の善意に頼るような制度は、多くが失敗し、破綻しています。

私は、何が家族や同僚の意思決定や行動を変化させるインセンティブなのかを理解し、自分が家庭や職場の制度設計をするようなイニシアチブを取ることを皆さんにおすすめします。それが家族や同僚の正しい行動や習慣につながれば、いずれ彼らから感謝される日も来るでしょう。

経済学の基本的な考え方を身につけることができれば、家庭や職場をより良くすることができるのではないでしょうか。

▼MAKIKO’S HISTORY
1998
慶應義塾大学を卒業後、日本銀行に入行
2005
コロンビア大学国際公共政策大学院でMPAを取得。世界銀行でインターンからコンサルタントに転じる
2010
コロンビア大学大学院でPh.D.を取得。東北大学グローバルCOEプログラム特任助教就任
2013
慶應義塾大学総合政策学部准教授就任(現任)
2015
『「学力」の経済学』ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版。30万部を超えるベストセラーに
2017
『「原因と結果」の経済学』(共著/ダイヤモンド社)を出版

構成=福田 彩 撮影=強田美央