1944年創業。日本初の反射型白熱ランプのほか、数々の光源や機器を自社で開発、製造、販売してきた。現在は、屋外、産業施設向けのLED照明を主軸とした「照明事業」と、環境試験機や素材硬化・改質、殺菌・減菌などの「光・環境事業」を展開している。
競技者主体の照明から感動を豊かに伝える照明へ
【進藤】東京体育館は、スポーツ取材でたびたび訪れています。この施設の照明も、岩崎電気様が手がけていらっしゃると聞きました。
【伊藤】スポーツ施設の照明は、私たちの得意分野の一つです。東京体育館では2013年の照明リニューアルを担当させていただきました。
【進藤】スポーツをしていくうえで、照明は欠かせない要素の一つ。どの程度の明るさで、どんな角度から照らすのかなど、さまざまな計算が必要になると思いますが、どのような点を重視されているのでしょうか。
【伊藤】やはり最も大切にしているのは、アスリートが競技に集中できる環境を整えていくという点です。施設全体のコンセプトを踏まえ、また実際に競技している人たちの意見にも耳を傾けながら、その環境でのベストを探していく。そして「アスリート主体の照明」の視点に加えて、これからはもっと「見る側」にも配慮が求められていると感じます。
【進藤】近年はスポーツのすそ野が広がり、観戦することで喜びや感動をともにしたいというファンが増えています。私も番組を視聴者に届けるうえで、照明によって表現が大きく変わることを実感しています。
【伊藤】スポーツ照明で一般的だったHIDと呼ばれるランプは、点灯するまでに少し時間がかかり、照明のオン・オフや明るさの調節が難しいという特徴がありました。その点、現在普及しつつあるLEDは、瞬時に点灯しますし、デジタル化と親和性が高く、制御がしやすい。光の強さや色、向きなどを変えられるので、効果的な光の演出にも対応しやすくなると思います。
【進藤】競技の種類が増えてきたことで照明にも、細やかな対応が求められますね。バレーボールのように、動きに高さと広さがある競技と、卓球のように、限られた空間で高速の動きがある競技では、求められる照明は違ってきます。
【伊藤】おっしゃるとおりです。そうした対応も、今まで以上に重要になるでしょう。スポーツの感動を豊かに伝えるために、進藤さんもさまざまな工夫をなさっていたのでは?
【進藤】私がスポーツの取材をしていたときに心がけていたのは、アスリートの「表の顔」だけでなく、楽屋裏の「素顔」に光を当てること。例えば、猛々しいプレーが持ち味の一流テニスプレーヤーが、競技後に「どこか素敵な美容室はないかしら?」と女性的な一面をのぞかせたり。人間としての横顔を伝えることで、その人物の奥行きが生まれるのではないかと思います。
施設の個性に合わせオーダーメードで作る
【進藤】岩崎電気様は昨年、横浜スタジアムの照明設備で、日本照明賞を受賞されました。
【伊藤】横浜スタジアムはプロ野球の屋外球場としては日本で初めて、全面LEDを導入した球場です。LEDの光は指向性が強く、それをいかに、選手がまぶしいと感じないよう調整するかが大変でした。現場では、設備の担当者にヒアリングを行ったり、ボールの見え方を測定するためにドローンを何度も飛ばして確認したりという作業を重ねました。
【進藤】先ほどもおっしゃられていたように、現場で声を拾いながら作っているのですね。屋外ならではの難しさはありますか?
【伊藤】施設によって東西南北の向きは違うので、太陽の光の入り方が違います。また、天候や季節、一年のうちでも太陽の位置によって、光の入り方が変わります。どれも、ただ標準的な設備を設置して終わりというわけにはいかず、オーダーメードで作り上げています。
【進藤】スタジアムや野球場は個性がありますものね。それに、屋外に長く設置されるということは、やはり耐久性も求められます。
【伊藤】日常的に風雨にさらされることはもちろん、海に近いと、塩を含んだ海風にも耐えなくてはなりません。劣化しにくさやメンテナンスの方法には非常に気を使います。
【進藤】スポーツ施設以外にも、数々の屋外照明を手がけていらっしゃいます。
【伊藤】場所やコンセプトによって、気を付ける点は異なります。例えば高速道路の照明の場合は、ドライバーが夜間運転しやすいか、道路の線形を目で自然に追えるような誘導性も考慮しています。
【進藤】夜道を照らすことで、安全にも大きな役割を果たしているんですね。その意味で、公共性の高い場所では防犯や防災への配慮も必要ではないでしょうか。
【伊藤】安全・安心に関して照明が果たす役割はさまざまです。屋内では、火事や地震が起きた際に脱出するための避難誘導の照明、屋外では、街路や駐輪場、構内道路などの防犯灯などがあります。これからは大停電に対応できる公共照明なども必要です。
【進藤】一方で、景観のライトアップなど華やかな光もまた担当されています。
【伊藤】ここでは照明デザイナーが作り上げたコンセプトをいかに表現するかがカギになります。
【進藤】東京タワーや皇居外苑などがそうですね。どちらも本当にきれいで、東京を象徴するようなライトアップです。
【伊藤】ありがとうございます。私たちの自信作です。
多様なものが交じり合い新しい光が生まれる
【進藤】明るくするだけでなく、そこからさまざまな効果をもたらす。「照らす」以外の光の用途も、たくさんあるんですね。
【伊藤】そのとおりです。また光には、「見えない光」もあります。例えば不可視光線の一つである紫外線は、薬剤を使わずに水や空気などの殺菌が可能です。環境への負荷が低く、薬剤を使いにくいところに対応できます。多くの食品や医薬品工場で、パッケージの殺菌などにご利用いただいているほか、浄水場や温泉、下水処理などでも使われています。このほかに、紫外線を照射することで特殊な素材を硬化したり、半導体の製造にも活用されています。
【進藤】ありとあらゆる分野に「光」が活躍する時代なのですね。わくわくします。照明、そして光はどう変わるのでしょうか?
【伊藤】ものや空間を照らして明るくする、という点では一定の役割を果たしてきました。これからはくつろぎやすい空間をつくったり、景観を引き立たせるなど、より「豊かさ」を求めた照明が求められてくるでしょう。例えば、食べ物をよりおいしそうに感じられる光があってもいいかもしれないですね。
【進藤】より多くの方の暮らしを変えていく、新しい光の使い方ですね。身近な生活の照明も同じように進化していけば、そのうち「睡眠に良い灯り」なども実現しそうです。
【伊藤】そうですね。ただしそれは私たち1社では成し遂げられないのです。バイオリズムに合わせてゆっくりと暗くなっていく照明などを開発しようと思えば、IoTやビッグデータを活用し、気象条件や体調などの情報と連携し、睡眠の専門家とのコラボレーションが必要です。今後は光の用途を、「ものづくり」から、こうした「ことづくり」に広げる必要があるでしょう。
【進藤】確かに、今は製品単品の性能で選ばれる時代ではなくなっています。光が「体験」の一つになる、ということでしょうか。
【伊藤】消費者の方々が求めているのは、照明という「もの」を買って所有することではありません。その照明のおかげで、暮らしがどんなふうに豊かになるか。安全で心地よく過ごせるか。その「ソフト」としての照明を考えていくべき時代に来ていると感じています。
【進藤】新しい視点で体験を生み出すために取り組まれていることはありますか。
【伊藤】私たち岩崎電気は1949年、日本初の反射型白熱ランプの開発から始まった会社です。照明をコツコツ技術開発してきましたが、それだけでは次のステップには到達できません。異質で多様なものが交じり合わないと、新しいものは生み出せないし、イノベーションは起こせないのです。そこで今年10月に岩崎電気テクノセンター、通称「HIKARIUM(ヒカリウム)」も開設しました。これもイノベーションの種を生むための試みの一つです。部門ごとで抱えていた研究開発部門の技術者を1カ所に集約し、国内外のパートナーも自由に参加できるオープンな施設にしました。
【進藤】いろいろな立場の方が参加して議論していく場ができると、面白いですね。
【伊藤】多様な人材が集まって議論し、何かを思いついたらすぐに試作ができる環境を整えています。まったく異業種の方との共同こそ、新たな「ことづくり」につながる気がします。
【進藤】私も放送の現場では日々、「多様であること」「オープンであること」の重要性を実感しています。さまざまな発想によって光の可能性は広がりそうですね。楽しみにしています。