東日本大震災などの大地震の経験を経て、防災のキーワードとなった「レジリエンス」への関心が高まっている。将来予測されている大災害に備え、私たちに求められるレジリエンスとは何なのか。都市防災が専門の中林一樹明治大学大学院特任教授に話を聞いた。

日常のあらゆるシチュエーションを想像して事前に備えておくことで、『想定外』の被害は半減できます

中林 一樹(なかばやし・いつき)
明治大学大学院 政治経済学研究科
特任教授


工学博士。専門は都市防災論、災害復興論、都市計画論など。東京都立大学都市研究所教授、都市科学研究科教授・研究科長、首都大学東京都市環境学部教授などを経て、2011年より現職。

 

 

復興の成否を分ける自助のあり方

レジリエンスという言葉は東日本大震災後から使われるようになりました。被災してもギブアップせず、いかに早く元の状態に戻れるかがレジリエンスの意味。日本全体のレジリエンスを高めていくには、国土強靱化という国家単位の視点だけでは不十分。各家庭が防災への意識を高め、事前に備えていくことが重要なのです」

中林特任教授は国や行政を主体とした「ナショナルレジリエンス」ではなく、家庭を単位とした「ファミリーレジリエンス」こそが防災の鍵だと話す。

内閣府は首都直下型地震の発生で、建物の全壊、火災による焼失など住家被害は計61万棟と推計している。想定被害棟数が甚大なのは、区部はビル群だけでなく、一本裏に入れば木造密集市街地が存在するためだ。地震発生時は消防活動が難しく、耐火性が低い家が隣接した地域は火の回りが早い。

さらに地震で地盤や堤防が沈下した後に台風や豪雨が重なると、洪水などとの複合災害が危惧される。

「地震と水害は複合する可能性が非常に高い。海抜ゼロメートル地帯が多い東京などでは洪水への意識も不可欠。実際に発生すれば地震で被災した住宅地が水没し、さらに地下鉄などに流入すると都心部も機能停止となる恐れがあります。首都機能が壊滅的な状態になったときに、果たして国が今までの災害のようにすぐに被災者を支援してくれるでしょうか。日本の経済や行政維持が第一です。地方自治体で一番の課題は人手不足。職員数が減れば公助にはやはり限界があります」

だからこそ、有事における家庭単位の「自助」、そして地域社会の「共助」の力が問われる。

「1000人しか避難できない体育館に3000人が押し寄せれば、食事やトイレなどパニックになるのは自明です。でも、2000人が自宅で生活できればそれだけ避難所に余裕が生まれます。耐震性が十分な家で、倒れた家具などを一部屋にまとめて空き部屋を作れば、余震の続く中でも生活できます。まずは自分の被害を減らす。確かな『自助』でわが家を守り切れて初めて、その余力を隣の人に向けることができるのです。この余力が、『共助』の可能性を決めます。一人一人が『自分でできることをやる』という自助もなく共助もなければ公助だけで復興は難しい。自助7割、共助2割、公助1割が防災対策のバランスです」

無視できない高齢者の震災関連死


被害は「平成23年東北地方太平洋沖地震(総務省消防庁第153報:2016.3.8)」と「東日本大震災における震災関連死の死者数(内閣府:2016年9月30日)」。熊本地震は、総務省消防庁「熊本県熊本地方を震源とする地震(第95報:2017.2.1)」による。南海トラフ地震および首都直下地震の推定は、内閣府の被害想定調査の結果による。中林一樹特任教授の資料を基に作成

中林特任教授によると、1995年1月の阪神・淡路大震災をきっかけに日本の防災への意識が変わった。日本で初めて震度7を記録し、倒壊した建物の下敷きや火災による直接の死者は5502人に上った。さらに避難後に亡くなった人も932人に上り「震災関連死」という概念が創られた。2004年10月の新潟県中越地震も同じ震度7を記録したが、地震による直接死は16人。一方高齢者の震災関連死は52人で直接死を上回った。

「中越は雪国のため家の柱や梁がしっかりして耐震性が非常に強かったことが、直接死が少なかった要因でしょう。その一方で、高齢化率が6割の集落が被災したのが中越地震の特徴です。余震が多くて自宅では暮らせないと避難したものの、避難先でいつもの生活は送れなくなり、震災関連死を引き起こしてしまったのです。車中泊による血栓症(エコノミークラス症候群)も中越地震で起こっていた問題でした」

昨年起きた熊本地震でも、繰り返す余震で避難所生活が長引き、震災関連死者が増えている。

「高齢社会で地震が起き、わが家での生活ができなくなったとき、次に警戒すべきは震災関連死です。慣れない避難所での暮らしは大きなストレスとなります。地震から命を守った後は、生活を守る工夫が必要です。在宅避難が可能なくらい家をしっかりしたつくりにして、いつも食べ慣れたものや処方薬の備蓄を十分にしておくことなども効果的でしょう。地震そのものは防げなくとも、事前の備え次第で『災害』の拡大は防げるのです」

「一日3分」 の想像が備えを具体化する

事が起きてからできることは数少ない。自助の力を高めるには「災害を人ごとと思わず真剣に取り組めるか」が重要となる。中林特任教授は一つのキーワードとして二つの「そうぞう」、つまり「想像と創造」を挙げる。

「今地震が起きたらどうなってしまうのか、一日3分でいいから想像してみてください。例えば、家で眠ろうとしたとき。満員の通勤電車。オフィスで仕事をしているとき。今地震が来たらどうなるか想像してみるんです」

仮にオフィスで被災したら、どこに避難し、自宅にはどうやって帰るのか。家族との連絡の取り方は徹底できているか。想像の積み重ねが、具体策の創造につながるからだ。

「誰かが助けてくれるわけではありません。自分と家族を助けるためには、自分でやるしかないのです。日常のあらゆるシチュエーションで想像しておくことが、『想定外』を半減します。これは会社などの組織の危機管理にも通じることです」

家庭での具体的な備えについても次のようにアドバイスする。

「建物の耐震化は基本となります。いくら備蓄があったとしても、家がぺしゃんこになって取り出せないとなってはどうしようもありません。家が丈夫であれば、避難所に行かずとも暮らせますし、万が一大破したとしても外に出られるように家具固定もしていれば、津波や火災からも命を守れます。最初の揺れから生き延び、そのとき、けがもしないことが大切です。また、家が建っている地盤の硬さ次第で揺れの強さは変わります。自宅の地盤状態の把握は基本です」

震災関連死の予防などを考えれば、日々の暮らしを守ることを視野に入れた備えが求められる。その点で、冷蔵庫と自動車は災害時の「備蓄庫」として絶大な効果があるという。

「自宅に1週間分程度の食料を備蓄しておけば、支援が届くまでの間をしのげます。日ごろから多めに食べ物を調理し、冷凍しておいたり、車のトランクに缶詰やミネラルウォーターを積んでおくとよいでしょう。家具の固定も大切ですが、中でも食料庫でもある冷蔵庫は倒れないようにしっかりと補強を。自動車はいつもガソリンを満タンにしておけば我が家の電源車であり、カーナビは情報センターなのです。食べれば必要なのはトイレ。携帯トイレで自助をしましょう」

災害を乗り越え、ほっと一息したところで周囲を見たら、隣はもっと大変だったから助けようと動く。そこに「共助」が生まれる。家庭で、オフィスで、さまざまな場面で対応できるよう二重三重に備えておくことが、結果的に地域の復興を早める。それがレジリエンスなのだ。

「誰かが犠牲になったり、どこかで家が壊れてしまったりと、毎年のように災害が繰り返されています。ひとたび被害が生じれば、その回復には想像以上に時間がかかります。災害後に対応することが防災ではない。被害を出さないための事前の備えこそ、レジリエンスを高める手段なのです」

東日本大震災など多くの災害を経験し、一時的に防災意識が高まったものの、その後は対策が棚上げになっている企業や家庭は多いのではないか。日常生活では、つい有事への想像力が薄れてしまいがちだ。家庭や会社で今一度、命と暮らしを守る対策を考えてみたい。