キャリアを決定づけるものは何か

彼女は現在のポジションまで一直線に進んできたわけではない。むしろ、目の前に現れる壁を一つずつ乗り越えた結果が今の姿だ。

スタンフォード大学でキャリア論を教えていたクランボルツの「計画された偶発性理論」( 『その幸運は偶然ではないんです!』より)によると、個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。寿退社を望んでいた八木さんが自らの力で海外に拠点を移したきっかけも、決して計画されたものではなかった。キャリアの初期において、恩師に出会えたという偶発性によるものだ。

【写真上】ピッツバーグ大学に勤務していた頃。職場の人たちと。【写真下】病理標本を見ているところ。白衣ではなくスーツで研究する。

しかし、出会えただけで道が開けるわけではない。こわもてといわれていた恩師に臆することなく教えを請うたことで、学術論文執筆、学会発表、海外での研究機会など研究者につながるアクションを起こせたのは、彼女自身の以下の3つの特長の賜物なのである。

まず、何事にもしなやかに対応できることだ。会社員時代は、質問されれば自分が担当しない製品についても勉強し、回答した。相手の期待に応えるためにベストを尽くした結果、工学と医学の専門知識を持つユニークな存在になることができたのである。

次に、人を巻き込む力があること。がん診療ネットワークを立ち上げ国内の研究者を結びつけたり、最近では、世界中の研究者のネットワークづくりの中心にもなっていて、医師が多いデジタルパソロジー学会の会長も務めている。

「いろんな人をつなぐのは好きだけど、リーダーになるのは苦手」と謙遜するが、人種や性別、立場を気にせず、誰とでも親しくなれる魅力を、彼女は持っている。

最後は、好奇心の強さと持続できる能力が高いこと。疑問がわきあがればとことん調べ、ときには面識のない人とコンタクトを取る。

「自分の限界を決めるのではなく、どこまでできるのだろうと思いながら働く方が面白いのではないでしょうか」――「いちご新聞」に夢中になった少女は、その頃と同じ熱い思いを研究対象に注いでいる。

八木由香子
マサチューセッツ総合病院 PICTセンター ディレクター、ハーバード大学 医学大学院助教授。東京理科大学工学部卒業後、(株)ニコン入社。米国ジョージタウン大学、ピッツバーグ大学医療センターを経て、2007年より現職。医学博士。写真は最新の病理標本のデジタル化装置の前で。彼女のもとには世界中から開発中の機器が集まり、評価を求められるという。

撮影=安達まさみ、Stephen A. Coley