苦い思い出もある。不治の病に倒れたモード学校の教え子のお見舞いに「病院という場にふさわしい」と思った地味な装いで出向いたときのことだ。
「彼は私が来ると聞いて、久しぶりにお風呂に入って待ってくれていた。それは、寝たきりの彼にとっていちばんのおしゃれ。彼はきっといつもの私らしくない地味な姿に、がっかりしたと思う。精いっぱいのおしゃれをしていくべきでした」
涙をこぼしながら話すその姿に、今も当時を思い出し、後悔にさいなまれる人情家の一面が見える。政近さんが「TPOにパーソンを足してTPPO」をポリシーとするのは、時に「その場にふさわしいファッション」は変わるからだ。病院という場に合わせるか、教え子の気持ちに応えるか。「装いはギフト」と考えれば、答えはおのずと決まる。
最初の顧客は弱視の女性だった。「自分だけでなく周囲のためにもおしゃれしたいと言われ、この仕事に確信が持てた」
現在、メディア出演や講演活動で「装力」を広く伝えながら、後進の育成にも力を注ぐ。厳しい指導についてくる後輩たちとともに、一人でも多くの人に、装いで人生を照らしてほしい、と願う。
1965年広島県生まれ。アパレルでデザイナーとして活躍し、イタリアへ渡る。帰国後の2001年、日本初の個人向けスタイリングサービス事業を始動。『「似合う」の法則』(ホーム社)、『一流の男の勝てる服 二流の男の負ける服』(かんき出版)など著書多数。http://fashion-rescue.com/
撮影=大槻純一