工芸を新幹線車内で売る時代

「地方創生」が盛んにうたわれたのは安倍政権が発足してすぐのこと。最近こそその言葉も集団的自衛権やマイナンバー制度といった時勢の話題に埋もれてあまり聞かれなくなってしまったが、これからの日本の発展には地方の力が鍵を握ると言っても過言ではない。

そんな中、地方創生に企業単位で取り組み目覚ましい結果を残し続けている人がいる。奈良県に拠点を置く中川政七商店の13代目、中川淳氏だ。中川氏は雑貨や麻織物の製造販売を生業とする創業300年の老舗・中川政七商店を大胆に改革し、わずか10年足らずで急成長させた手腕で注目された。その後長崎県波佐見の陶磁器ブランド・マルヒロや、新潟県三条の庖丁工房タダフサなど、各地のものづくりブランドの再生を手掛けている。

プレジデント本誌でも数度にわたり中川氏の活動について取材を行い、家業の改革全国各地の工芸メーカーのコンサルティングの成功事例を紹介している。そちらについては記事をご覧いただくとして、その後も今に至るまで中川政七商店は興味深い数々の事業を行っている。それらはすべて中川氏が当初から掲げている「日本の工芸を元気にする!」のビジョンに基づいたものだ。今回はその取り組みのいくつかについて話を聞いた。

「今は企業経営の新規のコンサルティングは少しお休みしていて、ものの発掘をしています。目下取り組んでいるのは山陽新幹線の車内で地域の工芸や名物を売るという試み。これは西日本旅客鉄道(JR西日本)との協同プロジェクトで、3カ月ごとに各沿線地域の名物を車内販売するというものです。もともとJR西日本では同様の取り組みを以前から試みていたものの、どうも結果に結び付かないということで弊社にお声がかかった。そこで一緒に地域を回り、ものの発掘やメーカーのリサーチをし、商品の企画・デザインをして仕上げるという取り組みを行っています。そういった一連の流れをともに行うことで、ものづくりのノウハウを伝えることも目的のひとつです」

山陽新幹線内で展開中の「走る日本市」。通常の販売ワゴンに大漁旗を模した特製のラッピングを施し、注目度も満点だ。

本プロジェクト「走る日本市」は、山陽新幹線の新大阪~博多間で2015年の5月から開始された。第1弾「山口県」を皮切りに、8月には第2弾「福岡県」、現在は第3弾の「石川県」を展開中だ。「石川県」では加賀友禅の老舗による加賀五彩を基調にした柔らかな配色としなやかな絹が魅力のスカーフや、地元の繊維メーカー、カジレーネによるトラベルギアブランド「TO&FRO」の機能的なトラベルグッズ、加賀百万石の象徴である金箔が舞う梅こぶ茶など、県の資源を活用した商品を展開。自分用土産から年末年始のギフトまで幅広く活躍すると、評判も上々だという。今年2月下旬からは第4弾「岡山県」が予定されている。

この「走る日本市」は中川政七商店が手掛ける「日本市プロジェクト」から派生したものだという。詳細は後ほど説明するとして、要は地域の観光とものづくりに新たなつながりをつくり出すビジネスモデルだ。およそ2年前、福岡県の太宰府天満宮の観光案内所に併設された小さな土産物屋での取り組みが大きな成果を上げることとなる。

 

中川 淳(なかがわ じゅん)
中川政七商店代表取締役社長

1974年生まれ。京都大学卒業後、富士通を経て2002年に家業の中川政七商店に入社し、常務取締役として「遊 中川」の直営店出店を加速させ、日本初の工芸をベースにしたSPA業態を確立する。08年13代社長就任。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を開始し、初クライアントである長崎県波佐見町の陶磁器メーカーマルヒロにて10年6月に新ブランド「HASAMI」を立ち上げ空前の大ヒットとなる。経営者・デザイナー向けセミナーや大学での講演歴多数。著書に「奈良の小さな会社が 表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。」「ブランドのはじめかた」(ともに日経BP社)、「老舗を再生させた十三代がどうしても伝えたい 小さな会社の生きる道。」(CCCメディアハウス)等。
中川政七商店 http://www.yu-nakagawa.co.jp/