日本人に足りないものとはなにか。解剖学者の養老孟司さんは「人にばかり向き合いすぎている。子どものいじめ問題がクローズアップされるのは自然が欠けたからだ」という。『最後に自然の話をしよう』(つり人社)より、アウトドアライターの天野礼子さん、つり人社代表の山根和明さんとの鼎談の一部をお届けしよう――。
学校に入ると「虫嫌い」になる
【山根】虫採りができる自然環境が失われてきていることで、子どもたちへの影響も大きいと感じています。
【養老】保育園の理事長を30年以上やってきてよくわかるのは、学校に入ると虫嫌いが出るんです。保育園の子どもは本当に虫を区別・差別していない。ゲジゲジだろうがムカデだろうが平気でいじっている。それが小学校に入ると、見ただけでダメになってしまう。
【山根】それはなぜなんでしょうか。
【養老】社会的な教育の、暗黙の影響ですね。お母さんたちが嫌っているから。ゴキブリなんかはっきりしていて、北海道にはいないから、北海道育ちの人はゴキブリを見ても「へえ」と言って平気で観察している。うちの女房は北海道出身で、東京に出てきて初めてゴキブリが飛ぶのを見て、友達に電話したって(笑)。
日本から「逃げ場」がなくなった
【山根】生まれ育った環境で「当たり前」がまったく違いますよね。とりわけ子どものころの自然体験は記憶に深く残ります。私も3歳のときに祖父の家で大きなカタツムリをしこたまとって、瓶に入れて帰ったら全部死んでいて、すごく悲しかったことをはっきり覚えています。今の子どもはそういう機会が失われていて。
【養老】大きく「対人」と「対自然」に分けて考えると、今は対人ばかりになっています。子どもも同じです。いじめ問題がクローズアップされるのは、自然が欠けたからです。私が子どもだったころもいじめはありましたが、どうやって解消していたかというと、山に行って虫を採る、川に入って魚を捕る。いじめている側もいじめられている側も、自然という別の世界を知っていた。だから「いじめというのは人間社会の中だけの話だ」ということを、お互いに本能的に理解していたんですね。川まで追いかけてきていじめるということはなかったわけで。
【山根】現代はその逃げ場がない。



