公開9日目で興行収入40億円を突破した『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』。映画解説者の中井圭さんは「大ヒットも納得の完成度の高さだ。本作のポイントは、よくできたイヤミスのような後味。それを引き出したのが灰色に塗られた顔のない島民たちだ」という――。
映画館の掲示ポスター
撮影=プレジデントオンライン編集部

絵柄と恐ろしい物語のギャップ

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』(以下、『映画ちいかわ』)が大ヒットしている。その数字にも納得の、よくできた作品だ。本作が大きな話題を集める一因は、愛らしいキャラクターの見た目からは想像しにくい恐ろしさにある。なかでも、質の良いイヤミスのような後味を引き出しているのが、灰色に塗られた島民たち

「ちいかわ」(『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』)世界の明るく楽しげな画面のなかに佇む、無彩色の彼ら。ひと目では区別のつかない没個性的な造形は、罪の所在を集団のなかに埋没させ、善と悪の境界を曖昧にする。その姿自体が、本作の主題を示している。

この映画がなぜこれほど恐ろしく、それでいてどこか懐かしく、人を惹きつけて離さないのかを考えるには、そもそも原作者のナガノ氏が生み出した「ちいかわ」とは何かまで遡る必要がある。結論を先に言えば、あの灰色は作者の思いつきではない。「ちいかわ」が繰り返し用いてきた「伏せる」という技術の到達点である。

「ちいかわ」は、小さくてかわいいキャラクターたちが過酷な社会を生きる物語とも言える。彼らは働き、資格試験を受け、危険な討伐に出かける。労働をめぐる現代の寓話という面があることは確かだ。だが、それだけでは作品の持つ奇妙な深さを捉えきれない。この作品はむしろ、日本の伝承や民話が持っていた物語の文法を、令和の生活感覚のなかへ置き直したものではないか。

募集のチラシを見て“異界”の島へ

この世界では、日常異界が分かれていない。森の奥、洞窟、拾った物、無料の食べ物、条件の良い仕事。暮らしのすぐ隣に、こちらの法則が通じない場所への入口がある。チラシを拾い、道を少し外れ、欲しいものへ手を伸ばしただけで、気がつけば帰りかたのわからない場所にいる。

『映画ちいかわ』の発端も、まさにそれだ。ちいかわたちを島へ導くのは、高額な報酬と実質無料の食べ物をうたう1枚のチラシ。昔話なら神や妖怪が差し出した誘惑を、現代では広告が代行する。異界への入口は山道や鳥居ではなく、魅力的な「募集要項」として現れる。

海を渡り、異界の島でもてなされ、その歓待の奥に取り返しのつかないものを知る。その型は浦島太郎を思わせる。浦島太郎では、異界での幸福な時間が帰還した瞬間に喪失へと転じる。本作の歓待もまた、やがて別の顔を見せる。

「ちいかわ」は、そこで起きる怪異の原理をほとんど説明しない。主人公は真実を解明して秩序を回復する英雄ではなく、巻き込まれ、その一部だけを見て日常へ戻る。世界は彼らに理解されるために存在していない。この冷たさが、この作品を現代の説話にしている。