学校は理不尽を学ぶ場か
海斗商業高校には、生徒が職員室に入る際のルールがある。
「○年○組の○○です。△△先生はいらっしゃいますでしょうか?」
生徒はこう大声で呼びかけ、名前を呼ばれた教員が返事をすれば入っていいことになっていた。
職員室には生徒の個人情報があふれている。教員が電話をしていたり、ほかの教員と話し合っていたりすることも多い。そのため、このルールが設けられているのはわからないでもない。
しかし、私はあるときこんなシーンを目にした。
「2年1組の尾形です。沼田先生はいらっしゃいますでしょうか」
ルールに沿って生徒が呼びかけるが、返事がない。私は沼田教諭が席を外しているのかと思ったのだが、自席に座っている。
「2年1組の尾形です。沼田先生はいらっしゃいますでしょうか」
生徒は再び呼びかけたが、沼田教諭は答えない。沼田教諭は明らかに気づかないふりをしているのだ。たしかに生徒の声はそれほど大きくなかった。もっと大きな声で呼びかけろというわけなのだろう。
「2年1組の尾形です。沼田先生はいらっしゃいますでしょうか」
生徒が3回目の呼びかけをしたとき、もう我慢ができなくなった。
「沼田先生! 生徒が呼んでいますよ!」
私がそう大声で呼びかけると沼田教諭はようやくそこで生徒に向かって合図をして入室を促した。さも今気づいたような顔をして。そのルールの理不尽さにうんざりした。
こういう話をすると、たまに「学校は社会の理不尽さに耐えるための勉強をする場でもある」などと言う人がいる。そんなことはない。ただ教師が偉そうにしたいだけではないか。
「生徒の権利を守る校則」をつくる
校長に着任してから、私は日本で最初の校則(※9)がどのようなものだったのかを調べた。
明治5年、近代的な学校制度を定めた教育法令「学制」が公布され、翌年には師範学校で「小学生徒心得」が制定された。これが日本初の校則とされている。最初の校則を実際に読んでみればわかるが、「学校は社会の理不尽さに耐える勉強をする場」などという考えで作られたものではないことは明らかだった。
日本国憲法第94条には「地方公共団体は(略)法律の範囲内で条例を制定することができる」とある。この条文は、都道府県や市町村などの地方公共団体は条例を制定する権利があることを表している。これを法令用語で「できる規定」といい、法律や条例でよく使われる言い回しである。同様に、校則でも生徒の権利を定めることができる。
生徒の「できる」権利を校則に明記することで、教員といえども勝手な指導をさせないようにできるのだ。
※9 日本で最初の校則
概要は次のとおり。
第1条 朝は早起きし、顔等を洗い、父母にあいさつをして学校に行く準備をする。
第2条 授業の10分前には登校し、着席しておく。
第3条 授業前、先生に礼をする。
第4条 授業中のおしゃべりやよそ見をしてはいけない。
第5条 先生の許可なく教室に入ってはいけない。
(略)
第9条 先生の言うことをよく聞く。疑ったり、強情をはったりしてはいけない。
(略)
第11条 けんかはしない。文学に関するやり取りのけんかはしてもよいが、その場合でも礼儀を失わず、やかましくしたり、偉そうにしたりしてはいけない。
第12条 先生や知り合いに会ったらあいさつをする。帽子は脱ぐ。
(以下略)
第11条などなかなか面白い。明治時代のものなので、全体的に時代を感じさせるが、私には現代でも通用する価値を持っているように思える。


