ウィーンの社交界で人気者に
ウィーンに着くと公使夫妻が手厚く迎えてくれ、国立オペラ劇場に連れて行ってくれた。そこでステージで堂々と歌うソプラノ歌手と、オーケストラボックスの暗がりで演奏するハープ奏者を見比べて歌手に転向、ウィーン国立音楽大学声楽科を受験して4年生に入学することになった。
はじめは日本公使館に下宿していたが練習ができないため、警視総監の未亡人の家に移る。あまりにお喋りで日本で「ペチョコ」と呼ばれていた路子はオーストリア人の家庭にいるうちにすぐにドイツ語を会得。大野公使夫妻や後任の長井公使に可愛がられ、派手な着物を新調しては舞踏会などに連れられて自由気ままに振る舞っていた。
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