親しまれた「ひげの殿下」の夫婦破綻
三笠宮家の長男として生まれた寛仁親王は、国民の間で「ひげの殿下」の愛称で親しまれ、障害者福祉やスポーツ振興など幅広い公務に積極的に取り組んでいた。しかし、1990年代以降は、癌や重度のアルコール依存症で苦しんでいた。
そのことについて、皇族として果たさなければならないことと、自分が本当にやりたいこととの間にギャップが生じていたことが大きなストレスになったと言われている。だが、それに追い打ちをかけるように、夫婦仲の悪化も起こっていたのである。
ここから先は無料会員限定です。
無料会員登録で今すぐ全文が読めます。
- 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信
- 約5万本の無料会員記事が閲覧可能
- 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能
- 記事をブックマーク可能