親しまれた「ひげの殿下」の夫婦破綻

三笠宮家の長男として生まれた寛仁親王は、国民の間で「ひげの殿下」の愛称で親しまれ、障害者福祉やスポーツ振興など幅広い公務に積極的に取り組んでいた。しかし、1990年代以降は、癌や重度のアルコール依存症で苦しんでいた。

そのことについて、皇族として果たさなければならないことと、自分が本当にやりたいこととの間にギャップが生じていたことが大きなストレスになったと言われている。だが、それに追い打ちをかけるように、夫婦仲の悪化も起こっていたのである。